発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
10万部を突破した『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。
今回、本書を元にした東京都・国立市公民館図書室のつどい「発達障害サバイバル」の講演が行われました。その内容の一部を、加筆・修正してお伝えします。
うつだと思っていたら、感染症だった
僕がこの講演で一番最初にお伝えしたいこと。それは「フィジカルな体調管理は本当に大事」というあまりにもあたり前の事実です。あたり前だろと思う方がいるかもしれないので、最近僕が実際に体験した「怖い話」をしたいと思います。
先日、僕はこんなツイートをしました。
慌てて歯医者さんに行ったところ、内科に回されて、お医者さんからは「なんでこんなに放っておいたの? 敗血症になるぞ、これは」とだいぶ怒られました。というのも、歯茎からハミ出していたのは「親不知(おやしらず)」ではなく「顎の骨」だったんです……。インターネットを見たら「それは変な位置から出て来た親不知だ」と書いてあったんですが、とっとと病院に行くべきでした。もう数ヵ月放置していたと思います。歯槽膿漏の薬は「悪化するだけだ絶対に塗るな!」と怒られました。……塗るとしばらく痛みが和らぐのでずっと塗ってましたね、あとは常習的に痛み止めをラムネみたいに……。
現在は抗生物質を中心に投薬をしながら様子を見ているところです。まだまだ油断はできませんが、だいぶよくなってこうして講演会もできることになりました。いや、本当にこんなことが起きるんですね。自分の身体のことなんですが流石にびっくりしました。
僕は双極性障害を持っているのですが、ここ半年くらい、ずっとうつで体調が悪かったんです。それで、全ての体調不良を「うつのせい」にしていました、あとは「親不知が生えてきたせい」ですね。激痛に加えて高熱に耐えかね病院に飛び込み、レントゲン写真を眺めた医師が「君に下の親不知は存在しない」と言うまで……。
実は、周囲のADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)の発達障害者でも同じようなパターンをよく聞きます。僕らは本当にちょっとした刺激やつらさに耐えられない(いわゆる知覚過敏というやつです)ことが多いですが、一方で、時に信じられないほどの我慢をしてしまう。なんでも自分のメンタルや障害のせいにしてしまうんです。場合によっては、勢いよく死んでしまったりもする。僕も、「命に関わる」とお医者様にどやしつけられました。
「体調が悪い時は、体のどこかに不具合はないかを疑おう」。これが、本当に大事です。自分自身のことではなくても、周りに発達障害のお子さん、職場の同僚などがいるなら
「お前さぁうつって言ってるけどさ、本当にそれだけ?」
「そういう症状結構あるよ、うつがすぐには治る確率は低いけど、ほかの原因だったら治ることが多いから、病院行けよ」
と声をかけてあげてください。「メンタルクリニックだけは行くが、他は行かない」発達障害者、非常に多いです。僕もそのケは多々ある。カドが立ちそうなら、インターネットによくいる借金玉ってやつがひどいことになってしまったこの話も添えて。
「集中のトリガー」が何かを知ろう
ところで、なぜ僕のアゴに骨が出るほどの炎症が起きたのか。この原因が意外すぎたので、それも報告させていただきます。結論を先に言うと、発達障害のひとつの症状「過集中」と大きな関係がありました。
書籍でも書いている通り、僕はいろんな締め切りが全く守れず、ダメだだめだと先送りにして、あるとき「ウォーーーー」と過集中がやってきて、どうにか帳尻を合わせて結果を出してきたタイプの人間です。この「ウォーーーー」が発生するためのトリガーが、僕の場合「噛み締め」だったんです。
集中するたびに奥歯を全力で噛み締めていた。それで、あごの骨に亀裂が入ってしまって、そこから菌が繁殖したわけです。しかも、何度となく繰り返して。噛みしめると、筋肉に常時力が入ります。結果、肩こり・めまい・吐き気、おそらく全部の原因になっていたのだと思います。
このトリガーの存在に気づいてから、僕の周囲の発達障害仲間を観察してみたんですね。すると、皆さん集中に入るときに、何かをやっている。利き手じゃない方の手を握りしめている人もいるし、首を少し傾けている人もいる、眼鏡を10秒おきに直す人もいる。
集中のトリガー。これは一見「悪」のようでいて、僕ら発達障害を持つ人間が、何かを成し遂げるために不可欠なものと言えます。実際僕の場合、口の中が痛くて噛み締められなかったこの数ヵ月、全く集中して原稿が書けませんでした。だから、うまく付き合うことが大事なんですね。
そのために、まずは自分のトリガーが何かを知ってください。周りの人に聞いてみるのが一番早いですが(僕も妻に聞いてみたら、「いつも仕事机からグラインダーみたいな歯ぎしり音が聞こえてたよ」と言われました)、自分のクセを意識して記録すると、気づくこともあると思います。
トリガーによって自分の体に負担がかかっているなら、それを取り除きましょう。僕の場合は、歯医者さんと相談してマウスピースを作りました。保険診療なので1個3000円から。無保険で1万円くらいです。一個一個、プロが個人に合わせて手作りしてくれる工芸品でこれは安いと思いますね。仕上がりも美しく、良い買い物でした。
「意識づけ」の価値、噛みしめは治った
さて、この原稿に加筆をしている現在、あの講演から1ヵ月ほども経ちました。なんと僕の噛みしめ癖は、ほとんどが治ってしまいました。というのも、僕と同じく発達障害の友人から「噛みしめはしないように意識づければ治る、集中にも入れるようになる」とアドバイスをもらったんですね。最初は全く信じていなかったのですが、マウスピースをつけて原稿を書きながら「噛みしめるな」と意識づけをする訓練をしてみたんです。
マウスピースをつけていると、噛みしめが始まったことが容易に意識できます。キュッキュッと音が鳴りますし、いくらジャストフィットのマウスピースでも異物感はありますから。そのたびに意識して脱力し、噛みしめないようにする。これを1ヵ月ほど繰り返した現在、妻から「以前みたいに噛みしめているのを見かけることがほとんどなくなった」お墨付きも出ました。
肩や首のこわばりもかなり楽になりました。というより、僕は生まれてこの方首や肩が痛かったようで、「痛くない」状態がとても新鮮です。なんだろう、肩から重しが取れて首の周りに嵌められていた見えないギブスが取り払われたような。もちろん、歯茎からはみ出していた骨が引っ込んでいったこともあるんでしょうけどね。
「発達障害者の人生は、意識せざる悪い癖を直し続けていくゲーム」。友人はこんなことを言っていました。マウスピースを補助具に噛みしめ癖を克服しつつある現在、本当に金言だなと思います。もちろん、ガキっと噛みしめて集中に入るのはいいんですが、やはり脱力したまま集中に入れるに越したことはないわけですから。文章も少しだけやわらかくなって上達した気がします、気のせいかな。それでも身体はとても楽になりました。
今、僕はマウスピースをつけずにこの原稿を書いています。「油断した、また噛みしめていた」と一度も思わずにこの仕事を終えることができそうでとても満足しています。噛みしめに限らず、「意識せざる悪い癖」は発達障害者につきものといえるでしょう。ぜひ、みなさんも意識して修正してみてください。僕にもまだまだそういうものはあると思います。一つ一つ直していけると考えると、ちょっとだけ未来が楽しみになります。