企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」。自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。
自己責任と信頼関係
大手メーカーX社の営業担当Eさんから、そのお客様であるY社の方々と一緒に食事でもいかがでしょうかと、お誘いを受けたことがありました。
お話をしているうちに、なんとなく不思議な雰囲気であることに気づきました。Eさんの話を、お客様であるY社の方々が一所懸命に聞いているのです。本来は、お客様であるY社の方々の話を、営業担当のEさんが一所懸命に聞くはずです。
私は不思議に思って、Y社の方に聞いてみました。
「どうして、そんなに一所懸命に話を聞いていらっしゃるんですか?」
すると、Y社の副工場長は、次のような話をしてくれたのです。
「私はX社のEさんのことを、誰よりも信用しているんです。実は、何年も前のことなんですが、X社が納品した機械が壊れて、大きなトラブルになったことがあったんですよ。それは社会問題になりかねないほどの大きなトラブルで、その時、私たちとX社の方々と話し合いをすることになったんです。
ところが、X社の方々は、一方的に、自分たちには責任はない、と言い張るんです。私もはじめは黙って聞いていたのですが、だんだんと腹が立ってきましてね。もうこれ以上我慢ならん! と思って怒鳴り返そうと思った瞬間、Eさんが大声で怒鳴ったんです。いい加減にしろ! すべて私たちに責任があるんじゃないか! なんで相手のせいにするんだ……とね。その時、Y社にもすごい人間がいると、私は本当に驚きました。Eさんは一人で、すべての責任を負うことも覚悟している。彼は信用できる、彼とならばこの問題は解決できるって、その時確信できたんです。
そして、一緒に協力し合って、なんとか解決することができました。その後、社内でこの話をしたんです。
そうしたら、みんな彼のファンになってしまいました。うちの会社では、みんなEさんと仕事をしたがっていますよ」
自己責任の姿勢がなければ、信頼関係をつくることはできません。自分の目先の損得を判断基準にしたのでは、信頼関係をつくることは難しくなります。
とはいえ、目先の損得をなかなか無視することはできないかもしれません。そんな時は、将来のはるかに大きな損得で考えてみるようにしてみましょう。
長期的な視点や、全体的な視点で考えてみれば、決して損ばかりではないことに気づくことができると思います。
ビジネスは信頼関係によって成り立っています。信頼関係がなければ、仕事をすることはできなくなってしまいます。信頼を失うことは簡単ですが、信頼を得ることは、とても難しいものです。
今、損をすることは、より強い信頼関係を築き、将来にわたって大きな利益を得るチャンスかもしれません。
いつも目先の損得だけで考えている人が、相手から信頼されることはありません。
そして、信頼されるためには、自分の目先の損得よりも、相手や社会の損得で考えることが必要です。
いわばそれは善悪で考えることです。善悪の判断がつかなくなり、損得だけを基準に活動する企業は、どれほど一時的に大きな利益を上げたとしても、いずれ必ず社会からの信頼を失ってしまいます。