企業が複数の事業を運営するうえで、成長タイミングが異なる各事業を同時に管理する親会社の役割とは?「両利き」の大切さとともに、困難さも認識されている今、そのうまいバランスのとり方があるのだろうか。グループ経営戦略書の決定版『全社戦略』から一部をご紹介する。
企業の成長を検討する経営者は、次の3つの基本的な質問に答えなければならない。
(1)どの期間で成長機会を探すのか(成長期間)。
(2)成長はどこからやってくるのか(成長の源泉)。
(3)特定された成長機会を実現する最善の方法とは何か(成長への道筋)。
では、ここでは(1)の成長期間について見ていこう。
スリー・ホライズンズ
成長のタイミングについては、3種類の成長期間(スリー・ホライズンズ)に区別するとわかりやすい。これは、マッキンゼー・アンド・カンパニーのバガイらが2000年に発表したフレームワークである(Baghai et al. 2000)。ホライズンはそれぞれ事業の発展の異なる段階を表し、成長機会を特定、評価、管理するには、それぞれ独自のアプローチが必要になる。
ホライズン1は、既存事業のパフォーマンス改善による短期的な成長機会である。例えば、従来の営業チーム刺激策や商品の拡大、マーケティングや価格設定の改善などが、ホライズン1の取り組み例に含まれる。ホライズン1の取り組みは、成長に対する障壁を取り除こうとするものが多い。このような取り組みは、短期的な業績への影響が期待され、その貢献度によって評価される。
ホライズン2は、多額の投資を必要とするものの、将来的に大きなリターンが期待できる新興の成長機会である。ホライズン2は、企業にとって重要な新しい収益源を構築するための取り組みであり、必要な投資と長期的に期待されるリターンを対比させたビジネスケースに基づいて評価される。例えば、新しい商品やサービスの開発、新しい市場セグメントへの参入、新たな事業の買収などが該当する。
ホライズン3は、長期間にわたる計画で、将来の成長のための種である。このホライズンでは、将来の成長機会のための選択肢を発見、獲得するために、よく考えて賭けをしなければならない。例えば、研究プロジェクト、パイロットプログラム、提携、新規事業へのマイノリティ出資など小規模なベンチャーがこれに相当する。ホライズン3の取り組みは10年間は利益を生まないかもしれず、その多くは失敗に終わるだろう。成功の確率と潜在的な利益の大きさを評価するのは難しいため、これらを戦略的なオプションとして考え、それに応じて評価するのが最善である。時間の経過とともに、事業やベンチャーは、ホライズン3からホライズン2へ、ホライズン2からホライズン1へと移行する。このようにして、企業の継続的成長は確保され、個々の成長アイデアに伴うやむをえない失敗を補うことができる。
3つのホライズンの成長の取り組みが利益をもたらす期間はそれぞれ異なり、その識別と評価に必要な手法もそれぞれ異なる。例えば、短期的な利益貢献度などホライズン1の業績評価指標に従って管理した場合、ホライズン2の取り組みは速攻で打ち切りとなるだろう。同様に、ホライズン3プロジェクトの成功を、今日の利益や事業内容を基準に評価すれば、ホライズン3で最も価値のある活動であるはずの実験と学習を妨げることになる。ホライズンによって投資とリターンのプロファイルが異なるため、3つのホライズンがもたらす機会を直接比較することは難しい。
3つの成長ホライズンを同時運営するむずかしさ
また、3つの成長ホライズンにはそれぞれ異なるマインドセットが必要となるため、これらをすべて1つの部署で管理するのも困難である。ホライズン1の責任者は、業務担当者のマインドセットを持ち、業界に関して深く実用的な専門知識を備え、目標達成と事業の漸進的向上に強い意欲を持つ者でなければ務まらない。ホライズン2では、起業家精神にあふれ、創造性に富んだビジネスビルダー、曖昧さや変化へ難なく対応できる明敏な意思決定者が求められる。そして、ホライズン3は、先見の明のある者(ビジョナリー)、知的好奇心を追究する自由を尊重し、努力を惜しまず、慣習にとらわれない思想家を必要とする。
健全な企業では、これら3つのホライズンの取り組みをすべて同時に運営する必要がある。とはいえ、ある一時点では、ほかのホライズンよりも特定のホライズンに集中することもあるだろう。企業の経営者にとって、短期間でリターンをもたらす成長機会は魅力的で、それだけ注目してしまうが、ホライズン2と3は無視しがちである。だが、このような企業は必ず失速する。一方、長期的な成長機会だけに取り組む企業は、成長できるのにその権利を逃し、大きな成長投資への資金投入能力を失うだろう。
また、企業活力には、異なる時間軸でのマネジメントが必要であるという発想は、近年、戦略的経営の研究と実践で高い関心を集めている「両利き」の概念にも反映されている(March 1991)。「両利き」とは、組織が新たな資源やケイパビリティを獲得するためには、既存の資源やケイパビリティを深化させるか、新しい機会を探索するかしかなく、このどちらかを選ぶという選択の余地はないことを意味している。これはまさに両手を利かせて、既存事業をしっかり走らせつつ、新たな編成を行わなければならない。
持続的な競争優位性と卓越した財務実績のためには、組織が両利きであることが重要だという実証研究が揃いつつある(Junni et al. 2013)。しかし、両利きになるのは難しいということも広く認識されている。深化と探索とでは、必要とされる事業における組織構造や運営方法が異なるからだ。したがって、企業は深化と探索のバランスをとるべきだということで、ある程度意見は一致しているものの、このバランスをとる方法はあまり明確になっていない。
企業の環境が、多様ではあるが長期間比較的安定している場合は、異なる戦略スタイルの展開を必要とする部門を構造的に分離するのが適切だろう。例えば、ネスレはネスプレッソをネスカフェの既存事業に意図的に統合せず、経営上、完全に自立した独立子会社として新たなビジネスモデルを作り上げた。対照的に、より動的な環境では、その時々の機会に応じて、深化または探索に重点を切り替えるアプローチが必要になることもある。
3つの成長ホライズンのバランスと深化および探索のバランスを確実にとることは、親会社の主たる責任の1つである。親会社は、事業部門の経営陣に働きかけ、日常業務の課題や短期的な改善の機会だけでなく、長期的な計画にも着目させる必要がある。また、適切な目標とインセンティブを設定し、事業の永続的な繁栄を支え、長期的な価値の創造に重点を置いて、業績を評価しなければならない。そして、最も重要なのは、3つのホライズンすべてにおいて、バランスの取れた成長戦略のポートフォリオを確立し継続的に育成するために、企業の希少な資源を配分することである。