「日本は不心得者がやりたい放題の犯罪天国なのか」との印象を与えかねないのが、昨今の派手なインサイダー取引疑惑の報道ぶりではないだろうか。

 公共放送NHKで3人の職員が特ダネ情報を悪用していた事実がショッキングに報じられたばかりなのに、農薬入りギョーザの自主回収が公表される2日前、親会社にあたる日本たばこ(JT)株に大量の売り物が殺到していた事実まで大々的にスクープされたからである。だが、はっきり言って、そんな印象はとんでもない誤りだ。インサイダー取引については、当局が過去数年、お手軽な“オンライン摘発”でがっちり課徴金を科す体制を固めている。知らずに手を染めると、一生を棒に振るリスクが存在するのである。

 まず、おさらいをしておこう。

 発表などによると、NHKのケースで悪用されたのは、2007年3月の外食大手のゼンショーが回転ずしチェーンのカッパ・クリエイトを傘下に収めるとの特ダネだ。この特ダネ情報を、職員3人が社内用の情報システムで入手、放映までの30分前後の間に、カッパ株を1000株~3000株程度購入して、その後売却し、10万~30万円程度の不正な利益を稼いでいたという。しかも、3人の間には共謀関係がなく、それぞれが個別に犯した行為だった。つまり、ほんの30分あまりの間に、公共放送の3人の職員が同時多発的に違法行為に手を染めるという破廉恥な事件だったのだ。おかげで任期満了に伴い退任する予定になっていたNHKの橋本元一前会長は、引責辞任に追い込まれた。

 一方、JT株を巡る疑惑は、大手紙がスクープし、各メディアが追随したものだ。それらの報道によると、農薬が混入した中国製のギョーザに関して、輸入元のジェイティフーズが自主回収を公表する2日前に、親会社のJT株に売り物が殺到。出来高が通常の2、3倍にあたる5万2602株に急増し、これに伴い株価が急落した。メディアは「JTでは当時、千葉県と兵庫県で計5人が中毒になったとの連絡を受け、対策を検討しており、この過程で内部情報が漏れた可能性もある。証券取引等監視委員会ではインサイダー取引がなかったかどうか調査を始めた」などとも報じていた。

 当のJTでは、木村宏社長が6日の記者会見で「(当時)知っていた人間は限られている。インサイダー取引は考えづらい」と述べ、JT社員が不正な取引をした可能性は低いと釈明した。

オンラインシステムで
容疑者特定は簡単

 しかし、メディアのショッキングな報道ぶりに、インサイダー取引の有無の調査が始まった段階に過ぎないのに、あたかもインサイダー取引があったかのような受け止め方をする人が多かったようだ。テレビ局や雑誌社でさえ、筆者に対して「インサイダー取引っていうのは、そんなに横行しているのですか」「ぼろ儲けできるのですか」と問い合わせてくる向きが少なくなく、驚きを禁じ得なかったのが実情だ。