自分が損をしても、不公平なことをして得をしている人を罰したい。そうした感情は、実は人間特有であり、ほかの霊長類とは異なるという。なぜ人間はこのような感情を持つように進化したのだろうか。臨床心理学と神経心理学の研究者であるサイモン・マッカーシー=ジョーンズ氏が悪意の起源を解き明かす。(サイモン・マッカーシー=ジョーンズ、取材・構成/大野和基)
自分が損をしても
相手に害を与えたい
自分が損をしてでも、不公平なことをして得をしている人を罰したい――。職場、家庭、親族やご近所付き合い、学校などあらゆる場面で、そうした人を見かけることがあるでしょう。なぜ人間はリスクを冒してまでこんなことをするのでしょうか。
実は、人類史における悪意の起源はギリシャ神話にさかのぼります。王女メディアは、不貞の夫イアソンに復讐するために、自分の幼い2人の息子まで殺してしまう。自分も悲しいけれどもイアソンを嘆き悲しませるためです。
またユダヤ人に古くから伝わる民間伝承でも、有名な話があります。魔法使いがある男に「願い事を一つかなえる」という話を持ちかけますが、「あなたの大嫌いな隣人にはその倍の願い事をかなえる」という条件付きです。そこで話を持ちかけられた人は「片方の目を盲目にしてほしい」という願い事をしたのです。どちらの物語にも共通しているのは、悪意は相手に害を与えると同時に、自分にも害が及ぶリスクがあるということです。
経済学者もビックリ
人間の意外な行動
悪意の起源はそれほど昔の時代にさかのぼりますが、実際に研究の対象として悪意が取り上げられたのは、1970年代に入ってからです。
経済学者が考案した「最後通牒ゲーム」というゲームを使って実験されました。これは、10ドルを与えられ、2人のプレイヤーを提案者と応答者に分けます。提案者は取り分提案権、応答者はそれを受け入れるか拒否する権利を持ちますが、拒否した場合両者は1ドルも得られないというゲームです。
このゲームは1回しかできません。例えば、提案者が応答者に2ドルを提案すると、それを受け入れると2ドルもらえることになりますが、提案者は8ドルもらうことになります。拒否するとどちらも1ドルももらえません。
多くの経済学者は、何もしないでもお金をもらえるので、どんな提案でも受け入れるのが合理的であると思っていましたが、世界中で行われた実験では、約半数の人が2ドル以下の提案を拒否しました。
この実験結果は経済学者にとって謎でしたが、自分が2ドルしかもらえないのに、相手が8ドルをもらうのは不公平であると感じ、相手への報復として、自分も損することを承知で拒否したのです。つまり、意地悪で提案を拒否したということです。