理性をつかさどるはずの前頭前野が
感情の味方をする

 一般的に前頭前野は理性をつかさどる脳部位と考えられていて、より古くからある感情的で動物的な脳部位と対立しているとみられています。しかし、最後通牒ゲームで低額オファーを受け取ったとき、理性的な脳は活性化して、感情を抑えるのではなく、感情が私たちを導けるようにします。不公平に対する感情的な反応は、怒りや嫌悪感であり、その二つが組み合わさると道徳的な激しい憤りが生まれ、悪意のある行動につながるのです。

 また人間は言語能力があるので、他の人に意地悪をするのに、お互いに協力し合うことができます。

 このように、不公平な行動を取って他者を支配しようとする人々に対して、道徳的感情が強く反応するのは、人間特有であり、ほかの霊長類とは異なります。

 この道徳観は、小規模な集団において、集団を支配しようとする人間を引きずり下ろし、より平等な社会を作れるというメリットがありますし、自分に害を与える相手に悪意を向ければ、相手は私たちにもっと気を使うようになるでしょう。

SNSは悪意にブレーキがかからない
“最悪の状況”

 しかし、一つ間違えると、悪意はすこぶる危険な状況を生みます。カオスを見たいという欲求がある人が悪意を持つと、社会全体をカオスに陥れようとして、自分が巻き込まれても悪意のある行動に出るので、そういう人が核ボタンに指を置くと、全員が危険にさらされます。

 もし人を罰することで自分の優位性を得ることが原動力になれば、危険な社会システムを作ることになります。

 SNSなどソーシャル・メディアは悪意が生じやすいperfect stormです。perfect stormとは悪条件が重なった最悪の状況という意味ですが、匿名で報復の脅威もないインターネットの世界では、現実世界で起こるような悪意に対するブレーキがかからなくなります。報復の脅威から解放されると、心理的に人は自分より社会的ステータスがある人を自由に誹謗中傷しやすくなります。

「他人を罰すると脳に快感」人間が意地悪に進化した意外な理由【世界的権威が解説】『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』(インターシフト)
サイモン・マッカーシー=ジョーンズ 著、プレシ南日子 訳

 人をネットでたたくと、それに対して<いいね!>をして称賛する人が増え、それが刺激になってますます過激になっていきます。これも正義中毒とみていいでしょう。実際は正義ではないのに、称賛されるので正義と勘違いしてしまうのです。

 ではこうした悪意やそこから生じる正義中毒を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。ネットで悪意を持って誹謗中傷する人のモチベーションの一つは他人の承認を得ることですから、意地悪な行動に見返りを与えないことが、カギとなります。これは決して怒るな、ということではなく、適切なターゲットに対して、適時に正しい理由で怒るということを意味します。

 逆説的ですが、不公平な行動を取って他者を支配しようとする人々に対する悪意によって、社会が進化してきたといえます。つまり悪意をうまく利用すれば、我々は世界をより良い場所にすることができるのです。