2001年に経営学分野で最高峰の学術雑誌『アカデミー・オブ・マネジメントレビュー』上で発表されて以来、アントレプレナーシップや価値創造など幅広い領域に大きなインパクトを与えてきた「エフェクチュエーション」についての日本初の入門書、『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』が発売されました。
多くの人にとっては耳慣れない「エフェクチュエーション」という概念について知っていただくため、本連載では同書の一部を紹介していきます。第2回は、「エフェクチュエーション』が発見された経緯と、どのようなインパクトをもたらしたのかを解説します。

起業家的方法の発見Photo: Adobe Stock

サラスバシーによって行われた、熟達した起業家に対する意思決定実験

「エフェクチュエーション」とは何かを一言でいうならば、それは「熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して予測ではなくコントロールによって対処する思考様式」です。

 エフェクチュエーションを発見し、提唱したのは、現在米国のヴァージニア大学ダーデンスクールで、アントレプレナーシップの教授を務めるサラス・サラスバシーという経営学者です。彼女は、カーネギーメロン大学の博士課程在学中に、熟達した起業家と呼びうる人々に対する意思決定実験を実施しました。その対象は、米国の成功した起業家リストの掲載者で、「個人・チームを問わず、1社以上を起業し、創業者としてフルタイムで10年以上働き、最低でも1社以上を株式公開した人物」でした。

 実験では、調査対象者に、仮想の製品を取り扱う新会社を設立する状況設定を与え、その際に起業家が直面する10の典型的な問題についての意思決定を求めました。また、意思決定をする際に頭に思い浮かんだ言葉を継続的に発してもらうよう依頼し、その「発話プロトコルデータ」を録音したうえで書き起こしたものが分析されました。最終的にデータが分析された27名の調査対象者は、いずれも3つ以上のベンチャーの起業経験のある連続起業家の男性でしたが、彼らの居住地、経験、業界は多様で、また意思決定の結果もさまざまでした。同じ架空の製品からスタートしたにもかかわらず、調査対象者は最終的に18ものまったく異なる市場の定義に至ったのです。

 一方で、発見されたのは、彼らの意思決定における明確なパターンの存在でした。つまり、それまで存在しない製品を事業化するという、きわめて不確実性の高い問題に対して、経験ある起業家は共通の論理を好んで活用していたのです。その論理は、具体的には5つの特徴的なヒューリスティクス(経験則)であり、それらは総体として「エフェクチュエーション」と名付けられました。

起業家的方法の発見

 エフェクチュエーションが一体どのような論理であるかは、本書を通して詳しくご理解いただけると思います。その前に、この発見がもたらしたインパクトをもう少し確認しておきましょう。

 この発見は、大きく2つの意義を持つものでした。1つは、新たな事業や企業、市場を作り出す起業家による偉大な成果というのは、彼らの特性や資質によるものではないことを明らかにしたという意義です。世の中の起業家と呼ばれる人々の成功は、彼らが特別な人々である(たとえば遺伝的特性や特別な性格、資源を持っていたが)ゆえに実現されたわけではなく、問題解決のために共通の論理・思考プロセスを活用した結果であることを、実験結果は示唆するものでした。つまり、その論理はどのような人々にとっても、学習可能なものであることが主張されたのです。実際に、エフェクチュエーションの発見以降、その考え方は世界中のビジネス教育に導入され、各地でアントレプレナーシップに基づく多様な成果を生み出しています。

 もう1つは、エフェクチュエーションの発見が、不確実性への対処において、私たちの慣れ親しんだ予測合理性とは異なる、代替的なアプローチの有効性を提示するものであったことです。ビジネスのさまざまな意思決定には、成功するかどうかを事前には正確に予測できない不確実性が伴いますが、これまでの経営学では、こうした不確実性への対処に共通する基本的方針として、「追加的な情報を収集・分析することによって、不確実性を削減させる」ことが目指されてきました。それゆえ私たちは一般に、不確実な取り組みに際しては、まず行動を起こす前にできる限り詳しく環境を分析し、最適な計画を立てることを重視します。

 目的(たとえば、新事業の成功)に対する正しい要因(成功するための最適な計画)を追求しようとする、こうした私たちの思考様式を、サラスバシーは、「コーゼーション(causation:因果論)」と呼びます。しかし、意思決定実験の結果は、高い不確実性への対処において熟達した起業家が、必ずしも予測可能性を重視するコーゼーションを用いておらず、対照的に、コントロール可能性を重視する代替的な意思決定のパターンがみられることを示すものでした。