唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊。たちまち5万部突破のベストセラーとなっている。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
頭皮は出血しやすい
ミステリーもののドラマでよく見る「殺人シーン」といえば、「頭を殴る」か「お腹を刺す」が定番である。頭を殴るケースでよくあるのは、犯人がガラスの灰皿や花瓶などで相手の頭を殴りつけて卒倒させ、床に血だまりが広がる、という描写だ。
頭から大量に流血する絵は、殺人シーンに限らず、階段や高所から転落して頭を打撲するケースでも頻用されている。
なぜだろうか?
もちろん、多くの人がこれを「致命的な傷だ」と認識しているからである。だが、実は頭からの流血は必ずしも致命的とは限らない。なぜなら、頭皮は特に血が出やすい部位だからだ。頭皮には細い血管が多い上に、頭皮のすぐ下に硬い骨(頭蓋骨)があるため、打撲だけでも皮膚がダメージを受けやすい。頭の皮膚がパックリ割れてしまうことも多く、出血量が多くなりやすいのだ。
頭をぶつけて流血し、病院に慌ててやってくる人は多い。出血の量が多く、顔や服が大量の血で汚れると、誰もが動揺してしまう。その上、頭の大部分は鏡で見られない。そこから血がしたたっていれば、恐怖心も一段と増してしまうのだ。
幼い頃に頭をぶつけ、大きなタンコブをつくった経験は誰しもあるだろう。私自身、子どもの頃から疑問に思っていたのは、「なぜ頭以外にはタンコブができないのか」ということだ。そもそも、「タンコブ」という呼称は頭にしか使わない。妙な話である。だが、医学部に入って体のしくみを学んだとき、この謎はあっさり解けた。
「タンコブ」は、正確には「皮下血腫」という。つまり、打撲後に皮膚の中の細い血管が破れ、血液が溜まった状態だ。頭にタンコブができやすいのは、頭皮は血が出やすい上に、すぐ下に頭蓋骨があるために溜まった血液が内側に広がれず、外側に広がって皮膚がふくらんでしまうからである。
いずれにしても、表面の傷だけなら多くの場合は命にかかわらない。出血していればタオルなどで圧迫して止血し、その後に落ち着いて病院に行き、糸と針で縫ってもらえばよい。
だが、本当に怖いのは「頭蓋骨の中」の出血である。
私はよく、頭を打撲して流血した人にこういう。「表面の傷なら縫えば大丈夫です。心配するのは、頭の中に出血が起こっていないか、です。今検査をして頭の中に出血がなくても、のちにじわじわと出血が起こることがあります。慎重に様子を見ましょう」
頭を強く打撲して頭蓋骨の中に出血が起こり、致命的になるケースは少なからずある。しばらくしてから意識がなくなったり、言動がおかしくなったり、手足が麻痺したりといった症状が現れ、頭蓋内出血が判明することもあるのだ。
「頭部外傷注意書」として、これらの注意事項をリストアップした用紙を患者に手渡す病院も多い。最初の受診時に「大丈夫です」とは言い切れないからだ。
目の周りがパンダになったとき
また、打撲後一週間~一ヵ月以上経ってから頭の中の出血がわかるケースもある。これは「慢性硬膜下血腫」と呼ばれ、特に高齢者に多い。何となく物忘れが目立つ、ふらつく、といった症状が現れ、家族が認知症だと誤解して受診が遅れることもある。
このケースでは、「頭の表面からの出血がない」どころか、「頭を打ったことすら覚えていない」こともある。気づかないうちに打撲していて、知らないうちに見えないところで出血を起こしている、というわけだ。頭からの流血が必ずしも重症ではない一方で、目立つ出血がなかったら軽症とも限らないのだ。
余談だが、おでこを打撲してタンコブ(皮下血腫)ができ、翌日目の周りがパンダのように紫になって慌てて受診する人も多い。「目も打撲していたのではないか」と思うからだ。
これは、皮膚の下に溜まった血液が移動して起こる現象で、珍しいものではない。おでこにあった血液が、重力に従って降りてきたのである。多くの場合、自然に色が薄くなり、そのうち吸収されてしまう。
ただし、皮膚が薄い高齢者の場合は、ただの「タンコブ」でも要注意である。表面の皮膚の血流が悪くなり、壊死してしまうことがあるためだ。
このように、打撲によって体にはさまざまな変化が起こりうるが、その成り立ちは理論的に説明できる。人体のしくみを知っていると、「予測もつかない現象」に仰天することは少ないのだ。
(※本原稿は『すばらしい人体』からの抜粋です)