「私が民泊ビジネスを知ったのは29歳、世界放浪旅をしている最中でした。家電量販店などに商品を卸す商社の営業をやっていて、とにかく忙しかった。30歳を目前にしてとにかく一度仕事から離れたくなり、思い切って休職し、旅に出かけたのです。その最中に出会った日本人の友人がニューヨークで民泊をやってかなり稼いでいるのを見て、これは日本でも稼げる、と思いました」
帰国後、復職し、民泊運営を副業として始める。それもいきなり都内に5DKの一戸建てを借りたという。
「その物件は築40年とかなり古く、2年間しか借りられない定期借家契約の物件でした。それもあって都内の一軒家としては破格の賃料18万5千円。当時の私の手取りの給料は月20万円程度でした。でも1階の一室を私の個室にし、ダイニングは共用空間に、残りの4部屋は民泊用にして、海外からのゲストの予約がある程度入れば、家賃は十分にペイできるという見込みを立てました」
まさに民泊新法が施行された直後で闇民泊が一掃されたという好条件も重なり、あっという間に予約が入ったという。その後、マンションタイプの民泊も増やし、翌年の年末にはなんと30軒ほどの物件を運営したという。