「私たちは観光で食べているのだから」
海外の観光都市にも目を向けてみたい。大学生の臼田安奈さん(仮名・20代)がこの夏訪れたのは、スペインのバルセロナだ。ここでは深刻化したオーバーツーリズムが地元民とのあつれきを生んでいるが、それでも観光業に従事する人材の意識は高かったと言う。
「スペインも観光に依存する国ですが、観光客に慣れている印象を受けました。買い物をするときも『どこから来たの、あなた中国人?』と尋ねられることもありましたが、それはやさしい声掛けであり、少しも嫌みな感じはありませんでした。『私たちは外国人観光客のおかげで食べていけるのだから』とも感じさせる“観光大国としてのプロ意識”を、若い接客担当者からも感じました」
日本の「おもてなし」はどこへ行くのだろうか。飲食関連のメディア発行に携わった梨田勝之さん(仮名・40代)は「昨今は客側の質も変わりました」と指摘する。
「グローバル化が進む中、店側の客への対応もさらに複雑になります。『お客様は神様』と言われた昔とは異なり、サービスを提供する側とお客さんとの関係は、むしろ対等さが求められる時代になったと感じています」と語っている。
日本と祖国の両国を知り、互いの国に貢献する人材として、内閣府主催の「アジアの架け橋女性」に選ばれた中国出身の岑慕蘭(シン・ムーラン)さんに意見を求めた。
岑さんは「中国人訪日客は、こんなまなざしで日本を見つめています」と、次のように語った。
「中国は今や『ないものはない』と言われる国になりました。例えば高級ホテルも、日本の5つ星は中国の4つ星に相当すると言われるぐらい、部屋の広さや設備、豪華さや料理の品数では日本を凌駕(りょうが)しています。でも、そんな中国にも日本のような『おもてなし』はありません。それは『相手の立場に立ってものを考え、それでいて見返りを求めない』という美徳に基づく、日本ならではの価値だと思います」
旅行を趣味とする岑さんはこれまで多くの国を訪ねたが、チップが欲しいがためにサービスを提供する他国の習慣にも遭遇してきた。反対に、金沢を旅行したときには、テイクアウトで買った料金の安いコーヒーにもかかわらず、「外では暑いから」と、涼しい室内に誘ってくれた店主に遭遇した。「だからこそ、おもてなしは日本の優れた文化なのです」と力を込める。
このまま行けば先細りしそうな「おもてなし」だが、実は私たち日本人には「他人を喜ばせたいという『与える力』が潜在する」とも岑さんは評していた。これから本格化するインバウンドを前に、私たちももう一度「おもてなし」の価値を見直してみたい。