「オレの眼は間違ってなかった!」投資で調子に乗って大損する人に共通する心理『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第18回は、投資で失敗しないための心構えを説く。

「囚われない」「侮らない」「恨まない」

「道塾学園」創業家の令嬢、藤田美雪は名門女子校・桂蔭学園の同級生2人とともに投資部を作る。投資デビューを控える2人に、美雪は「囚われない」「侮らない」「恨まない」の3つの誓いを立てるように迫る。

 この3つの誓い、少々ズレた言動が目立つ美雪にしては、きわめて真っ当な心構えだ。お金が日々増減する株式投資は刺激に満ちている。その浮き沈みに囚われず、本業や学業を大事にする。少々儲けが出ても、投資は簡単だと侮らず、調子に乗らない。そして、自己責任を肝に銘じ、失敗しても誰かを恨まない。

 なかでも、投資の本質を突いているのは「侮らない」だろう。

 トレーダーのバイブル的名著『マーケットの魔術師』シリーズのなかで、ある著名トレーダーが「気分が良い時ほど用心する」という信条を明かしている。美雪が言うように、慢心を戒める面と同時に、このトレーダーの言葉には「投資やトレーディングは人間が気持ちよくやってうまく行くようなものではない」という悟りのような含意があると私は読んだ。

 当連載で私はたびたび「人間は投資に向いていない」という持論を述べてきた。リターンを得るために適切なリスクを取るのが投資の本質だ。そのためには「危ないと感じたらとりあえず逃げる」という生き物としての本能とは相いれない、冷静で合理的な判断が必要になる。

 このあたりの機微を突いているのが、当代随一の投資家ウォーレン・バフェット氏の「他人が貪欲なときに臆病に、他人が臆病なときに貪欲になれ」という有名な名言だろう。日本の古い相場格言にも「人の行く裏に道あり花の山」とある。投資で成功するには逆張りの発想、集団心理にあらがう胆力が求められる。

「気分が良い時ほど…」トレーダーの戒め

漫画インベスターZ 3巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 先のトレーダーの話に戻そう。「気分が良い時ほど用心する」というのは、精神論のように聞こえて、実は実践的なノウハウだ。

 投資で利益が出れば誰でも嬉しいものだ。インデックス連動のコツコツ積立投資なら「お手柄感」はそれほどでもないかもしれないが、個別株など自分の判断で成果が大きく左右されるケースでは「自分の眼は正しかった」と気持ち良くなってしまうのは避けられない。

 そんな自然な心の動きを理性だけで抑え込もうとするのは無理がある。だからこそ、常に第三者の目を自分の中に持っておいて「今、自分は浮かれている」と観察する。これが「気分が良い時ほど用心する」という言葉の真意だと私は解釈している。散々痛い目に遭って、それでもマーケットで生き残ってきたベテランの経験がにじむ味わいのある言葉だ。

 強気相場に酔い、急落すれば恐怖で逃げ出したくなるのが人の性。デビュー前に友人を戒める美雪の言葉は、これから投資を始めようとするすべての人にとって役に立つだろう。

 もっとも、その美雪自身が主人公財前孝史への対抗心に囚われ、自分の成功体験に酔っているように見えるのは、少々気がかりだ。これも、3つの誓いが「言うは易く行うは難し」なのを示す著者の仕掛けなのだろうか。

漫画インベスターZ 3巻P30『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 3巻P31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク