福祉写真はイメージです Photo:PIXTA

19世紀のイギリスに生き、現代医療における看護師という職業を作りあげたナイチンゲール。それだけでなく、彼女は福祉の正しいあり方を説く、ソーシャルワーカーの元祖だった。ただ与えるだけの行為は人間をさらに貧しくする理由を語る。本稿は、金井一薫『よみがえる天才9 ナイチンゲール』(ちくまプリマー新書)の一部を抜粋・編集したものです。

施すだけの慈善は人間をダメにすると
見抜いていたナイチンゲール

 ナイチンゲールは、貧困とは人間に与えられる苦悩のなかでも、最大の苦悩のひとつであると考えていました。

「苦悩は、それを背負う人の価値を、並みの人間以上に高めるものであり、その人が苦難に耐えている限り、もはや善悪も価値の大小も、敵味方もない。受難者は人間の格付けや道徳的判断といった次元を超えて存在しており、その苦しみそのものが彼らの資格となる」

 これがナイチンゲールの貧困者に向けた眼差しだったのです。この思想は、『首都救貧法』が通過した後に著わした『救貧覚え書』(1869)に記されています。深い、深い洞察です。

「わが国の首都ロンドンでは、毎年700万ポンドにのぼる金額が、救貧法および慈善事業に費やされている。しかしその結果はどうだろうか。救済の対象である貧民は、直接的にも間接的にも増大しているのである。ロンドンの貧民は、過去10年間で2倍にも膨れ上がっている」

 実態を知り尽くしているナイチンゲールです。ではどうすればよいのかという解決策を提案しています。

「健康な貧困者は、なんとかして自立できるものである。われわれがまず第一にすべきことは、あらゆる病人に、彼らが治療や世話を受けられるような場所を提供して、彼ら全員を救貧院からそこへ移すことである。その次になすべきことは、飢餓状態にある人々に、彼らが自活していけるように、その方法を教えることである。飢餓状態にあるという理由で、決してこうした人々を罰することではない」

 この提言によって、英国では働く能力のある貧民を対象として援助する『福祉ケア』の道と、働く能力のない病人や子どもなどを対象として援助する『看護ケア』の道とが分岐し、2つのケア領域が育っていったのではないかと考えられます。

 さらにナイチンゲールの主張は続きます。

「自分の力で仕事を見つけて働くという、自発的な労働者を増やすことによって、貧困状態にある人々をできる限り減らしていくというのが、救貧法の目的であるべきなのに、この法律は完全に力を失ってしまった。個人的に行なわれている慈善事業も崩壊し、悪化の傾向をたどっている。それは不幸な事態をさらに増大しているのである」