写真:銀行員,銀行写真はイメージです Photo:PIXTA

2年以上かけて応諾得た
1億円の融資案件

 今から20年近く前のこと。

 私が営業担当として実績が伴い、全支店レベルで評価され、課長代理に昇格できた心斎橋支店。ここで私はその功績を認められ、営業担当の花形である新規専担、つまり法人の新規開拓だけを主務として任された。

 黛オート株式会社は、大阪を中心に25店を有する中堅の中古車販売業者。かれこれこの会社に2年以上通い続けている。私がM銀行のメイン取引先である訪問介護業者を紹介し、介護車両300台のメンテナンス契約を締結できたことが評価され、新規取引開始の応諾を得た。

 最初の取引は、運転資金の1億円を期間1年で貸すこと。私は融資稟議書の起案に夢中になっていた。夜9時を過ぎ、そろそろ支店を閉めようとしたときに、防犯カメラ付きインターホンが鳴った。

「おい、まだいるんだろ!開けてくれ!」

 声の主は支店長だった。

「いやー、盛り上がっちゃって、盛り上がっちゃって、逃げてきたわ。命からがら帰って参りました!」

 冗舌だが、うそに決まっている。宴席がうまくいっていたら、こんな時間に解放されるはずがない。

「遅くまでご苦労さん、稟議書か?」

「はい、目黒の黛オートが決まりそうで、明日の朝一番に稟議書をお回しいたします」

「テレビのCMでやってる、あの黛オートか?すごいじゃないか!」

 毎夕の報告会で詳しく進捗を伝えていたが、どうやら何も聞いていなかったようだ。プロセスや努力には何の関心もなく、ただ「できたかできなかったか」しか反応しない。私が今まで仕えた典型的な支店長の姿だった。

「できているところだけでも読ませろよ」

「はい、では取引先概況と業績推移のところを…」

「それはいいよ。信用調査機関のレポートだけ読んでおくわ」

 支店長はレポートだけ目を通し、そそくさと帰っていった。酔っ払いのせいで手を止められたが、支店退出のタイムリミットである9時半までに、なんとか課長に稟議書を回覧できた。