融資額の大幅引き上げを
支店長が提案した理由
話を戻そう。翌朝、課長と共に支店長から呼び出された。黛オートの件だ。
「嫌な感じなんだよな。なんというか、その…」
「不十分ならばすぐに書き直します。これを逃すと、もう黛オートとの取引は難しくなります。支店長、なんとか…」
「俺が気になるのはここなんだよね」
支店長が指をさしたのは、信用調査機関の調査レポートだった。
「ほら、ここに社内の内紛があると書かれているじゃないか。お前たち、読んでないのか?」
課長と私がのぞき込む。
「もちろん読みました。でも、何も具体的なことは書いてありませんし、それに昔の話かも知れません。そこまで気にすることではないかと…」
「甘いな。甘すぎる。いいか?内紛は怖いぞ。時に会社が分裂したり、存続の危機になったりしかねないんだ」
支店長は、ついに私が書いた稟議書を読まなかった。よそが書いたレポートのネガティブワードに反応しているだけだった。「乗るかそるか」を判断すべき支店長なのに、本気で支店の業績推進に向き合っているといえるだろうか?
「これさあ、3億にしない?」
課長と目を見合わせた。話の流れでは断ろうというなら分かるが、増額しようなど意味が分からなかった。
「3億になると、支店長の権限を越えて本部審査部の決裁が必要になってしまいます。そうなるともっと詳細な実態把握が必要になり…」
「は?するとお前、何かい?俺一人に責任をなすりつけようとしてるのか?勘弁してくれよ。こういう眉唾な案件は本部審査部の判断に任せたらいいんだ。審査部が承認するなら安心だろ?それに1億と言わず3億借りてと言った方が、お前の顔も立つじゃないか」
聞こえのいいようなことを言って、ただ自分で責任を取りたくないだけなのだ。
午前中を費やし、稟議書を書き直した。ただ1を3に修正すれば済む話ではない。なぜ新規先に対し3億円を融資するか、そこが論点になる。しかし、新規先となると、大部分について想像を頼りに書かざるを得なかった。