経理部長を同席させ
社長から感謝の言葉
翌日、黛オートを訪れる。社長は48歳。普段からテカテカのリーゼントでキメており、刺しゅうの入ったボーリングシャツにビンテージジーンズ。長身の痩せ姿がシルエット映えしている。
社長室には、彼の下で働く経理部長が同席していた。この経理部長がクセモノだった。代々このポストは、M銀行と競合する他メガバンクの支店長クラスが転職・就任し、我が行との取引開始を全力で阻止してきた。私が黛オートへのアプローチに2年も費やしたのも、経理部長が阻害要因になっていたからだ。
私は例の資料の話を切り出せなかった。せいぜい20秒くらいの沈黙が、5分にも10分にも感じられたそのとき、社長が口火を切った。
「目黒さんから紹介してもろた訪問介護の会社、おかげさんで来月にも最初の納車になったんや。たまたま理事長さんが僕と同じゴルフクラブのメンバーやって、一緒に回ることになってな。目黒さんも来うへん?」
脇に並ぶトロフィーのコースを確かめる。とんでもないVIPコースだ。とてもじゃないが自腹で行けるようなクラブではない。ましてやこれから社内の機密資料提示をお願いし、場合によってはけんか別れとなる相手と、ゴルフの約束など到底できない。作り笑いを浮かべる以外にすべがなかった。
「目黒さん、ありがとう」
社長が急にかしこまった。
「訪問介護の会社なんて、うちの営業たちは考えもせえへん業界やった。福祉車両は普通の車と違うて改造しとるから、一般車両以上に人命に関わる。そやけど、改造車両はメーカーオプションがほとんどやから、これまではメーカー直系ディーラーの整備工場に独占されとった。そこに風穴を開けられたんや」
「いいご縁を作ることができて光栄です」
「経理部長、M銀行さんと取引を始めたい。うちが次のステージに行ける仕事を紹介してもろたんや。ええよな?」
当行との取引開始を納得させるために、わざわざ経理部長を同席させてくれたのだ。だが、私はその流れを断ち切る言葉を発しなければならない。