地方の高校でありながら
財務事務次官を複数輩出

俳優の佐野史郎俳優の佐野史郎 Photo:SANKEI

 高度経済成長期の1961年に創立された島根県立の高校だ。令和時代に入り、理数科を廃止し「探究科学科」が新設され、「南高新時代」が始まっている。

 東京・霞が関といえば中央官庁の集積地として知られるが、そのキャリア官僚の間では松江南高校は、ちょっとした有名校だ。卒業生の中から藤井秀人、太田充という2人の財務事務次官経験者を、出しているからだ。

 藤井は、松江南高校から京都大法学部卒で、71年に旧大蔵省(現財務省)に入省した。主計局長を経て2006年に財務事務次官に就いた。退官後、日本政策投資銀行副社長などをした。

 太田は、松江南高校から東京大法学部卒で、83年に大蔵省に入省した。主計局長を経て20年に財務事務次官に就いた。退官後は大企業の顧問などをし、23年6月に日本政策投資銀行副社長に就任した。

 中央官庁では、外務省、法務省は別として、ほとんどの省庁の事務方トップは事務次官ポストだ。中でも大蔵省・現財務省の事務次官ポストは、全省庁のキャリア官僚の中で頂点・最高位とされてきた。

 その財務事務次官ポスト(01年までは大蔵事務次官)は、東大法学部卒の出身者がほとんどで、京大卒は、首相をした池田勇人(旧制広島県立忠海中学・現忠海高校卒)と藤井しか出ていない。

 学歴について神経質なキャリア官僚の間では06年、京大卒の藤井が財務事務次官まで出世したことが話題になった。が、20年には太田が財務事務次官になったことで新たな話題が加わった。

 財務事務次官については、出身大学よりも出身高校に関心が集まる。東大卒がほとんどである以上、出身大学をうんぬんしても議論にならないからだ。

 財務事務次官経験者を出身高校別に見ると、トップは都立日比谷高校(前身の東京府立第一中学を含む)の7人、2番目は都立戸山高校(前身の府立4中を含む)と私立開成高校の各5人、4番目は国立・筑波大附属高校の4人、5番目は神奈川県立希望ケ丘高校(前身の旧制神奈川一中を含む)の3人など、東京や神奈川県の名門高校出身者が多い。首都圏以外の地方の高校出身者で財務事務次官を複数輩出した高校は、例外的だ。

 ところが、人口20万人弱の地方都市・松江で、しかも戦後に設立された松江南高校から財務事務次官が2人も誕生したことは、霞が関の世界では驚きだったのだ。