真千子さんの住んでいた戸建ては、街の喧騒から少し離れた郊外にあります。生活するには静かで快適なのですが、ひとりで住むには、少し静かすぎるのです。またちょっと出かけようにも、駅まで10分以上歩かねばなりません。

 若い頃は「早く戻ってご飯を作らないと」とか「子どもが帰ってくるから」と、出かけても気忙しかったのが、今や何の制約もありません。今まで行きたくても行けなかった美術館や展覧会にコンサート……。そんな文化的な生活を楽しむためにも、ぜひ交通のアクセスのいい所に住みたい!と強く思いました。

 快適な新しい生活をイメージしなければ、ご主人を失った喪失感とこの大量の荷物の整理に心が折れそうだったのです。

 息子たちに片付けを手伝ってもらいながら、家中の荷物が半分くらいになった頃、そろそろ部屋探しをしてみることにしました。

 条件は、前から考えていた駅近のアクセスの良いエリア。広さは40平方mほどで、家賃は12万円までとしました。

 真千子さん自身の年金は、専業主婦だったため遺族年金を受給したとしても、それほど多くはありません。それでも年金で生活すれば、足りないのは住居にかかる費用だけです。

 家を売却すれば、安く見積もっても数千万にはなるでしょう。あとはご主人が残してくれた株式や現金等の金融資産が5000万円以上あります。

 最後はもしかしたら有料老人ホームに入所するかもしれないので、この10年ほどの間は賃貸に住む、としての予算組でした。

 子どもたちも自立しているので、相続で遺すことをそれほど考える必要もありません。気に入った物件があれば、場合によっては、もう少し家賃を出してもいいかしら……そう夢を膨らませていました。

不動産屋に入った瞬間に感じた強烈な違和感

 都心まで電車で30分以内の、落ち着いた雰囲気でありながら商店街も残る町の賃貸仲介店舗。荷物の片付けから少し解放されたくて、気分転換に立ち寄ってみました。はやる思いと裏腹に、ドアを開けた瞬間、真千子さんは自分が場違いなところに来てしまったのでは、という印象を受けたのです。

 店舗には若く、髪の毛を明るく染めた男の子たちがパソコンに向かっていました。一斉に顔を上げて真千子さんを見た瞬間、「あれっ」と怪訝そうな表情です。