人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。
数字に一喜一憂してしまう
米国の天気予報では、気象予報士が「ゴミ箱指数」という面白い指数を用いて、明日予想される風の強さを伝えることがある。
家の前のゴミ箱が、庭の真ん中まで転がっていくか、隣人の家まで行ってしまうか、それとも見えないところまで飛んでいってしまうのか─というように、ゴミ箱がどれくらい風で飛ばされるかを風力の指数にしているのだ。
「南東の風、風力7」と言われるより、ずっとわかりやすい。数字だけでは、私たちが天気予報から本当に得たい情報は伝わらない。
同じことが、体重計についても言える。人の体重が何キロかを正確に知りたいのは、麻酔科医か気球操縦士くらいだ。
ほとんどの人にとって、体重計に乗る時に気になるのは、ダイエットがうまくいっているかどうかや、週末の食べ過ぎが響いているかどうかだ。
「71・8キログラム」という数字は、その答えにならない。
むしろ、数字は逆効果になることもある。私たちが、小さな変動で一喜一憂してしまうからだ。ダイエットがうまくいかないのはそのせいだ。
そこで、米国の科学者は数字のない体重計を開発した。体重計に乗ると、数字ではなく、過去2週間の体重の増減傾向のみが表示されるという体重計だ。
そう、物事はこんなにもシンプルにできる。これほどシンプルにできないとしても、あまり複雑でないように見せることは可能だ。
脳は、実際の労力ではなく、その労力がどの程度かという見積もりに反応する。
だから広告では、参加したり、遊んだり、家具を組み立てたりするのがこんなに簡単だと謳われる。
こうした主張のあとには、たいてい明快な箇条書きが続いている。
難しいタスクを細かいステップに切り分けると、簡単に見えるからだ。
優れた取扱説明書は、この「チャンキング」(大きなものを小さく分けることを「チャンクダウン」、小さなものをまとめることを「チャンクアップ」という)と呼ばれる原理を活用している。
組織で人を動かすために用いるステップ・バイ・ステップ式の計画も同様だ。
(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)