イラストレーターはSNSにも溢れかえっている。大切なのはフォロワー数ではない。直感だ。自分たちの世界を表現できる才能だと思えば、たとえフォロワー数100人であっても依頼をするべき。岸上氏ら製作陣が惚れ込んだイラストレーター・LAMさんに、かくして依頼をすることになった。絵以外のことは何も知らないLAMにオファーのメールを送り、アポを取り付け、お願いする──その後、『東京クロノス』はOculusのトップストーリーゲームに選ばれるなど、海外からも一定の評価を得た。

一目見れば誰もが忘れない力強い眼差しを持ったキャラクター、そして没入感のあるストーリーを支持したのは、アーリーアダプターが大半を占めていたVR市場だけでなく、既存のゲームファンだった。

「『東京クロノス』制作でクラウドファウンディングをしました。目的は費用だけでなく、プロモーションも兼ねています。そこで驚いたのは、出資してくれた人たちの半分はVRデバイスを持っていなかったことです」

「出資して、後からデバイスを買うと決めた人がかなりの数いる。これが意味しているのは何か。VRに必要だったのは、魅力的なコンテンツだったということです。最先端のテックが好きな人だけでなく、ゲームが好きな人が支持してくれれば新しい市場が生まれます。ストーリーだけでなく、LAMさんのイラストを斬新なものとして支持してくれるユーザーがいたこと。それが僕たちの励みになりました」

これからも「物語」の力を信じ続ける

VRゲーム『東京クロノス』のスクリーンショット
VRゲーム『東京クロノス』のスクリーンショット

『東京クロノス』は発売時のVR市場では異例の高価格(4980円)で世界にリリースされた。そして、これまで主流とされてきたFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)やアクションゲームとは異なり、『東京クロノス』は辻村深月氏の小説『冷たい校舎の時は止まる』を参考にするなど、ストーリー性に富むゲームとしてグローバル市場でも評価された。では、VRだけの魅力とはなにか。他のゲームと何が違うのか。岸上氏は、「よくぞ聞いてくれた」とばかりに熱を込めて語る。

「VRゲームでは、たとえば上を向いてもらおうと思っても、ユーザーに指示をしたり、映像を無理に見せたりすることはできません。本当に上を向いてもらわないといけないのです。そのための仕掛けを考える。その先に見えた光景には実際の身体の動きが加わる分、他のゲーム機とは違う圧倒的なリアリティが宿ります」

「ストーリーから得られる感動も、受動的に映像を見せられるより、能動的な身体の動きにあわせることで増していくのではないかと僕は思うのです。市場はこれからますます成長すると僕が思う根拠もここにあります。おそらくヘッドセットの価格ももっと下がってくるでしょうし、ユーザー数は右肩上がりで増えています。元年ではなく、成長に向かっている。かつてのインターネットと同じように、です」