そんな後輩の影響で岸上氏はVRを知り、やがてVR事業での起業を思い描くようになる。新卒でソフトバンクに入社することになるのだが、内定者の時期に孫正義氏直結の経営者養成機関「ソフトバンクアカデミア」に参加する権利も得た。いずれも「VRで起業する」と夢を語ったことで、勝ち取ったものだった。

「ソフトバンクアカデミアで『なるほど』と思ったのは孫さんの思考法です。ソフトバンクもインターネットバブルで伸長し、弾けた後に一時的に株価が低迷した時期がありました。孫さんは株価を気にしていなかったと話していました。なぜなら、インターネットを使う人口は右肩上がりに増えていたからだ、と。ユーザーが伸びているということはマーケットが成長しているということである。一時的に低迷してもやがて業績は回復できると考えていたという趣旨の話をしていました」

「この考え方は僕も影響を受けました。大きな流れを捉えることが大事であり、そこで何をするか。僕が入社して1年をすぎた2016年、(Oculus RiftやHTC Viveといったデバイスが登場して)VR元年がやってきた。独立するなら今だと思いました」

大事なのは「物語」と「キャラクター」──小説家とラノベ編集者のエッセンスを注ぎ込んだVRゲームの開発譚

ストーリー性で勝負する、敏腕ライトノベル編集者との出会い

そして、彼は友人とともにMyDearestを立ち上げることになった。当初から、VR市場で生き残るためにはエンターテイメント、それもゲームが大事だという直感はあった。

だが、資金には限りがある。最初から開発するものではないと考えていた矢先に、「元年」のブームは早々に終わりを告げた。2017年には波が引き、収益化の可能性があるのは、ゲームだけだった。彼の直感の1つは当たり、1つは外れた。いずれ、と考えたゲーム事業に早々に手をつけないと会社に先は無い。

では何を作るか。

グローバルのVR市場を席巻していたのは、VRの特性をフルに活かしたシューティングゲームだ。予算をふんだんに費やし、実際に銃を打つときの手の動きと連動した作りで、既存のゲーム機にはないリアリティがある。だがここで勝負するのは、レッドオーシャンに身を投じるようなものであり、現実的ではない。何より岸上氏が好きなゲームではなかった。

「僕はゲームならRPG、小説家なら直木賞や本屋大賞を受賞した辻村深月さんが好きでした。僕は物語が好きなのです。ストーリー性のあるゲームをVRに投じれば、勝負できるし、なにより僕自身がやってみたいと思った。でも、僕たちにイチからストーリーを作るスキルはありません。そこで、三木一馬さんと出会うことができました」