ダ・ヴィンチにまつわる意外な真実と
フランソワ一世との「逢瀬」
フランソワ一世は、20歳の若さでヴァロワ朝第9代の王位に就きました。一方、レオナルド・ダ・ヴィンチは、言わずと知れた画家であり、彫刻家であり、建築、音楽など、多岐に渡る分野で並外れた天才でした。これだけの博学、天分があったら、さぞや楽しい一生を過ごしたと思いませんか?
実は、ちやほやされていたのは初期の頃だけ…晩年になると、[神]と呼ばれた天才画家のミケランジェロ(ダ・ヴィンチより25歳年下)が台頭してきて、それ以降のダ・ヴィンチは、ミケランジェロを意識する作品ばかり作っていたとも言われます。また、当時のイタリアはキリスト教の戒律が厳しい時代で、ダ・ヴィンチは、二度も男色疑惑で逮捕されたという伝承もあります。
そんな折、ダ・ヴィンチは、フランソワ一世に出会います。フランソワ一世22歳、ダ・ヴィンチ64歳の時でした。フランソワ一世は、ダ・ヴィンチの語る話や芸術に触れ、いかにフランスがイタリアに遅れているかを気づかされ、是非ともフランスに来て、力を貸してほしいと頼み込んだそうです。ダ・ヴィンチにしてみれば、窮屈なイタリア生活より、自分を評価してくれたことが何より嬉しかったに違いありません。
その後、フランスに渡ったダ・ヴィンチは、フランソワ一世が幼少の頃住んでいた屋敷[クロ・リュセ]に住むようになります。息を引き取る67歳までの3年間、ずっとそこで暮らしていました。
クロ・リュセは、フランソワ一世が住んでいたアンボワーズ城の裏手にあり、前述したように地下通路で繋がっていたとのこと。ダ・ヴィンチを師と仰ぐフランソワ一世がその住居を訪ね、夜な夜な、フランスの未来構想などを二人で語り合ったりしたのでしょうか。