疾患の弱点(標的)が見つかったら、次はその弱点を攻撃する物質(分子)そのものを設計する。これが「リード化合物探索」と呼ばれる工程で、弓矢の例では「的だけを射抜くことができ、的以外には刺さらないような矢を作ること」を意味する。

こうして作られた化合物は動物実験や人体へ投与する治験などを経て承認を受け、正式に世の中へと出ていくことになる。

医薬品の開発プロセス
医薬品の開発プロセス 画像提供 : MOLCURE

このプロセスにおいて、特にAI創薬のスタートアップの台頭が著しいのが標的探索とリード化合物探索の工程だ。

前者に関連する企業としては2021年3月に4億ドルを調達した米Insitroや2019年に9000万ドルを調達した英BenevolentAIなど、後者については2020年8月に1億2300万ドルを調達した米Atomwiseや2021年4月にソフトバンク・ビジョンファンドなどから2億2500万ドルを調達した英Exscientiaなどが挙げられる。

MOLCUREは後者のリード化合物探索を行うスタートアップのうちの1社になるが、特徴的なのは先端技術を用いて開発する「バイオ医薬品(高分子医薬品)」を対象としている点だ。

バイオ医薬品は新しいタイプの医薬品として近年注目を集めている反面、構造が複雑でAI創薬などのテクノロジーが十分には活用されておらず未開拓な領域と言える。実際にリード化合物探索を行うスタートアップの多くは低分子医薬品を対象にしているところが多いという。

標的探索やリード化合物探索の工程は特にAI創薬系のスタートアップが多い
標的探索やリード化合物探索の工程は特にAI創薬系のスタートアップが多い 画像提供 : STRIVE

MOLCUREではAIとロボットを駆使した独自の「バイオ医薬品分子設計技術」を有しており、この技術を用いて作り出した「分子の設計図」を顧客である製薬企業へと納品する。設計図を受け取った製薬企業はそれを基に分子を作り、上述したような新薬の開発プロセスを進めていくというのが一連の流れだ。

そもそも従来の研究開発手法にはどのような課題があったのか。MOLCUREで代表取締役を務める小川隆氏によると、これまで主流となっていたバイオテクノロジーの実験手法は人間のエキスパートによる“匠の技”に大きく頼ってきたという。

1つ1つの工程に職人技が求められ、そこに運の要素も加わる。その中で良い新薬の候補が見つかることは奇跡に近かった。

AIとロボットを用いたデータドリブンな手法で創薬プロセスを変革

MOLCUREがユニークなのはここに「データドリブン」の考え方を持ち込んだことだ。

大雑把に説明すると「匠の技の中から可能な限りのデータを吸い上げ、そのデータをAIで解析することで、新薬の候補を効果的に見つけ出す」のが同社のやり方。具体的には「進化分子工学実験」という実験手法から得られたサンプルを次世代シーケンサ(ゲノム解読装置)でビッグデータへと変換し、それをAIで解析することで品質の高いバイオ医薬品候補を絞り込む。