“作品愛のある”ファンの力とテクノロジーを活かしたファン翻訳

マンガファンが正式な許諾を得ずに制作する海賊版は、出版社にとってマンガの海外展開を妨げる大きな壁となっている。

Mantraが2021年に実施した海外海賊版サイトの調査では、小学館の出版したマンガにおいて正規版の約5倍の海外海賊版が流通していることがわかった。中でもマンガワンの『ケンガンアシュラ』『ケンガンオメガ』シリーズは、確認できた海外海賊版サイトだけで閲覧回数が1億回を越えており、被害が大きいという。

この問題に対して、これまで出版社では海賊版サイト運営者に法的なアプローチから交渉したり、正式な翻訳版を出したりといったかたちで対応してきた。

ただ翻訳版を制作するには相応のコストがかかる。制作に時間を要すると、その間に読者が海賊版に流れてしまいかねない。

石渡氏によると今回の取り組みで画期的なのは「プロかどうかはわからないけれど作品に対する愛が強い人たちの力と、翻訳システムを活用することで、海外展開のボトルネックの1つだった翻訳とローカライズ業務を効率化できること」だ。

「一方で出版社としては、見ず知らずの個人に(漫画の)元データを渡すことは難しい。また相手がプロの翻訳者とは限らないため、クオリティをいかに担保するかも課題になっていました。これらの課題の解決策としてMantra Engineが活用できるのではないか、そのような話し合いからプロジェクトが始まりました」(石渡氏)

Mantra Engineを使った翻訳版の制作画面。同サービスによって自動翻訳・自動写植された内容をベースに、ファンが修正を加えていく
Mantra Engineを使った翻訳版の制作画面。同サービスによって自動翻訳・自動写植された内容をベースに、ファンが修正を加えていく

元データの問題については、MantraのメンバーがMantra Engineに元データを入稿。翻訳者は同システムを使って翻訳作業を進めるが、元データ自体はダウンロードできない仕様にすることで悪用を防ぐ。

翻訳の質に関しても、機械翻訳をベースに複数人が相互チェックする体制を整備してクリアする。

Mantra Engineはもともとプロ翻訳者の翻訳作業を支援するためのツールとして作られたものだ。システムにより自動的に翻訳された内容を翻訳者が修正する「人と機械のハイブリッドモデル」を確立することで、多言語展開にかかる時間や価格を抑える。

Mantra Engineは翻訳版に関わる複数の作業者がコラボレーションするためのワークスペースとしての役割も兼ね備えており、今回は同システムを複数人のファンが活用。1人目が自動翻訳の内容を基に修正案を作り、2人目がその内容をさらに修正するといったように、作業を重ねていくことで「みんなでいいものを作る仕組みを整えた」(石渡氏)。