海賊版制作者の中には「正義感」で動いている人もいる

もっとも、翻訳版のパートナーとなるファンを集めるのは簡単ではない。

担当者の関野氏が30人以上の海賊版製作者と個別でビデオ会議を実施し、ヒアリングをしながら「今後海賊版の制作を辞めること」を条件に翻訳版の制作を相談。契約にあたっては身分証明書を確認し、オンラインで直接顔を見ながら内容に間違いがないかを1人ひとり時間をかけて確かめた。

製作者のリストアップには海外のサイトを活用。海外海賊版の投稿サイトに加えて、海賊版を作っているユーザーが集まる「Discordのコミュニティ」をリサーチして、代表者にメッセージを送った。

「日本語の海賊版と異なるのは、海外海賊版の制作者の中には『正規版があまりにも遅いので、自分たちがやるしかない』という自身の正義感で動いている人が存在することです。広告収入を得る目的で海賊版を配信する悪質な人がいる一方で、あくまで自分が好きな作品を多くの人に知ってもらうことが目的の人もいる。(後者であっても)もちろんそれは正しいアプローチではありませんが、適切な仕組みを作ることができれば一緒にやれる可能性があります」(関野氏)

歴史をたどると、たとえば現地でも多くのファンを抱える“ベトナム語版のドラえもん”は当初海賊版からスタートしている。同作品の場合は、小学館がベトナム語版を無許諾で手がけていた現地の出版社と交渉し、出版権に関する契約を結んだ。

ただ今回は海賊版製作者が1社だけではない上に、各国に散らばっている。その整理をMantraがサポートし、同社のテクノロジーも活用しながらファン翻訳の取り組みに漕ぎ着けた。

上述したとおり、こうした取り組みによって小学館とMantraではケンガンオメガなどの翻訳版を日本語版と同時に配信できる体制を実現。海外海賊版の制作者に交渉した結果、すでに3つのサイトが更新の停止を決めた。中には正規版のリンク先を掲載したり、正規版の購読・閲覧を呼びかける制作者も出てきているという。

一方で今後も海賊版を辞めないと答える人もいた。そのうちの1人はポーランド語版を手がけており、「(ポーランド語がローカル言語のため)正規版の展開が見込めないので、ファンに作品を届けるためにも辞められない」という旨の返答があったそうだ。

今回のプロジェクトで同時配信に対応できたのは、あくまで日英版のみ。ファン翻訳の取り組みが「海外海賊版の問題を解決する1つの糸口になるかもしれない」(関野氏)という可能性を感じつつも、英語以外の言語への対応は今後の課題だという。