半導体は原油を超える「世界最重要資源」だ――。最先端技術を巡る米中の対立は激化の一途をたどり、日本も国家戦略で半導体産業の再起を図る。なぜ半導体がここまで関心を集めているのか。その背景に迫ったのが世界的ベストセラー、クリス・ミラー著『半導体戦争』だ。特集『半導体戦争 公式要約版』(全15回)の#1では、米国と中国が半導体の覇権を巡ってなぜここまで激しく争うのか、その理由をひもとく。
米海軍よりも中国を悩ませた
エンティティ・リスト
2020年8月18日、米海軍駆逐艦マスティン号が台湾海峡の北端に進入した。その国際水域が少なくともまだ中国の支配下にはないことを改めて確認するための単独作戦だった。
マスティン号の艦内では、色鮮やかなスクリーンの並ぶ暗い部屋に、軍人たちが何列にもわたって座っていた。画面に映し出されているのは、インド太平洋全体の動向を追跡する航空機、無人機、船舶、人工衛星から収集されたデータだ。
マスティン号の艦橋上では、レーダーから艦内のコンピュータへとデータが集められていた。甲板上には96個のミサイル発射用のセルが並び、その一つひとつが数百キロメートル先の航空機、艦船、潜水艦を正確に狙い撃ちするミサイルを発射する能力を持つ。冷戦中に起きた数々の危機では、米軍は核戦力の使用をちらつかせて台湾を守ったが、今ではマイクロエレクトロニクスや精密誘導兵器が頼みの綱になっている。
コンピュータ化された兵器をいっぱいに搭載したマスティン号が台湾海峡を通過すると、中国人民解放軍は、報復として台湾周辺で一連の実弾演習を行うことを発表する。それは、ある中国政府系の新聞の表現を借りるなら、「武力統一作戦」の予備訓練の一環であった。
しかし、その日、米海軍よりも中国指導部の頭を悩ませているものがあった。それは「エンティティ・リスト」と呼ばれる、米国の技術の国外移転を制限する米商務省の曖昧模糊とした規制だった。
それまでのエンティティ・リストは主に、ミサイル部品や核物質といった軍事システムの販売を阻止するために用いられていた。ところが、米国政府は今、軍事システムと消費者向け商品の両方で広く使われるようになったコンピュータ・チップの輸出規制を、劇的に強化しようとしていた。
規制の標的にされたのが、中国のテクノロジー大手、ファーウェイ(華為技術)である。米国は、中国政府の補助金のおかげであまりに安価で販売されていたファーウェイ製品が、近い将来、次世代通信ネットワークの屋台骨を担うようになるのではないか、と恐れていた。
そうなれば当然、世界の技術インフラに対する米国の支配力は揺らぎ、逆に中国の地政学的な影響力は高まるだろう。その脅威に対抗するため、米国の技術でつくられた先進的なコンピュータ・チップを、ファーウェイが購入できなくなるよう規制をかけたのだ。
たちまち、ファーウェイの世界的な拡大はピタリと止まった。製品ライン全体が製造不能に陥り、収益は激減した。いわば技術的な“窒息”症状に見舞われたのだ。こうして、ファーウェイは、ほかの中国企業と同様、現代のあらゆる電子機器が依存している半導体の製造を、外国企業に大きく頼っているという事実に気づかされたのである。