半導体 最後の賭け#1写真提供:ローム

日系が強いとされてきたパワー半導体メーカーがグローバル競争からの脱落危機に瀕している。次世代パワー半導体の商品化で欧米勢に劣後している上に、中国勢の追い上げも激しい。難局を打開するには、ローム、三菱電機、富士電機など7社が結集する必要があるが、再編は一向に進まなかった。業を煮やした経済産業省が打ち出したのが、対象を1件に絞った巨額の補助金だ。特集『半導体 最後の賭け』の#1では、この補助金をきっかけに進む業界再編の構図を大予想する。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)

経産省がぶち上げた一点集中補助金
狙いは事業統合拒むメーカーの「再編強行」

 日本の半導体産業は1980年代には世界を席巻していた。だが、ピーク時に50%を超えていた世界シェアは今や約10%にまで凋落してしまった。

 その中で、例外的に日本勢が気を吐いている分野がパワー半導体だ。パワー半導体は電気を流す・止めるというスイッチの機能を果たしたり、交流の電気を直流にしたりする。いわば、モーターを動かす「筋肉」の役割をする半導体で、これがなければ機械を動かすことができない重要物資だ。

 日系メーカーはパワー半導体の売上高上位10社中、4社(4位の三菱電機、5位の富士電機、6位の東芝、7位のルネサスエレクトロニクス。英調査会社オムディア調べ)を占めるなど、一定のシェアを確保してきた。

 だが、そのアドバンテージが失われつつある。

 日本勢は炭化ケイ素(SiC)を使った次世代パワー半導体の開発でリードしていたが、それを製品化した後の受注獲得で出遅れ、欧米企業に逆転を許してしまった。

 電力消費を10%程度効率化できるSiCパワー半導体の最大市場は、電気自動車(EV)向けだ。EV向けSiCパワー半導体のシェア争いの第1ラウンドは、EV世界最大手、米テスラが17年に世界で初めてEVに同半導体を搭載した「Model 3」向けの受注獲得競争だった。Model 3に採用された同半導体は、日本製ではなくスイス・STマイクロエレクトロニクス製だった。同社はこの受注獲得によりSiCパワー半導体の世界シェア1位に躍り出た。今後も日本勢が、EV向けの市場獲得競争で敗れれば、日本の「最後の砦」であるパワー半導体の凋落が決定的となる。

 中国メーカーが急激にキャッチアップしているのも心配の種だ。日系メーカーは高付加価値品で欧州メーカーに、汎用品で中国メーカーに市場を奪われかねないのだ。

 こうした事情から、「日系メーカーが生き残るには各社バラバラのままではダメで、統廃合する必要がある」(オムディアの南川明シニアコンサルティングディレクター)という見方が強くなっている(日系パワー半導体メーカーの凋落危機については本特集の別稿#5で詳述する)。

 パワー半導体メーカーの統合の必要性は経済産業省も認識しており、企業に再編を呼び掛けていた。しかし、各社がそれなりの利益を稼いでいたこともあって提携や協業は進まなかった。

 そこで今回、経産省が最終手段として繰り出したのが、SiCパワー半導体で国際競争力を保持するための設備投資に対して、2000億円を補助するという“劇薬”だ。

 経産省の資料には「集中的に支援を実施」「原則として事業規模2000億円以上」と婉曲的に書かれているだけだが、最大のポイントは、この巨額の補助金を得られる対象が「1件の設備投資案件」に限定されていることだ。一点集中の補助金がどの陣営に投下されるのかが、パワー半導体メーカーの将来を決めるといっても過言ではない。

 経産省の狙い通り、この補助金がパワー半導体業界の再編の引き金になるとすれば、前出の4社(三菱電機、富士電機、東芝、ルネサス)にローム、デンソー、日立パワーデバイスを加えた7社が群雄割拠している勢力図が塗り変わることになるだろう。次ページでは取材に基づく「パワー半導体再編の大予想図」を明らかにする。