半導体製造を支配するTSMCの存在が、中国による台湾侵攻のリスクを高める――。国際政治学者のイアン・ブレマー氏(ユーラシア・グループ社長)は、そう警鐘を鳴らす。特集『半導体戦争 公式要約版』(全15回)の#6では、『半導体戦争』(クリス・ミラー著)を読んだブレマー氏に、同書の読むべきポイントや、日本の半導体産業やラピダスの未来について語ってもらった。(取材・構成/国際ジャーナリスト 大野和基)
米中新冷戦の最前線に位置するTSMC
シリコン・シールドは機能するのか
半導体産業は現在台湾TSMCの“meteoric rise(流星のごとく一躍首位の座につくこと)”によって、世界市場が席巻されています。
2022年にナンシー・ペロシ氏(当時米下院議長)が台湾を訪問した際に、TSMCのモリス・チャンCEO(最高経営責任者)が、「米国の半導体製造の再建は失敗する運命にある(doomed to fail)」とあからさまにペロシに告げたことはニュースにもなりましたが、周囲にいた人はその単刀直入な発言に驚いたようでした。
20年5月、米国は中国のファーウェイに対して半導体の輸出を停止し、また、アリゾナ州にTSMCの工場を建設することが決定しました。米国が多額の補助金を出すことで進出を決めたと思いますが、そもそもこの話はトランプ政権のときに出ていたことを忘れてはなりません。
また21年10月、TSMCが日本政府の誘致を受け入れて、熊本に半導体工場を建設すると聞いたときは誰もが驚いたのではないでしょうか。TSMCのビジネスモデルがあまりにも成功していたから、工場が台湾以外のところに作られることを想像するのが難しかったと思います。
今TSMCは米中の新冷戦とも言われる最も熾烈な戦争の最前線に位置し、世界中で行われているtug of war(綱引き)の中心に位置しています。
半導体産業のゴッドファーザーと呼ばれるチャン氏が35年ほど前に台湾政府から受けたスタートアップ用資金と、オランダの半導体企業フィリップスから製造テクノロジーのライセンスを取得してTSMCを設立し、それが巨大産業に成長して世界を完全に支配する過程は、クリス・ミラー氏の“Chip War”(『半導体戦争』)に詳述されていますが、ミラー氏は経済史を専門にしているだけあって、その取材力と筆力には脱帽です。この1冊で全体像が把握できます。
台湾は半導体製造での世界的支配をcrucial(存亡にかかわるほど重要な)なsecurity guarantee(国家安全の保障)と見ていますが、これはシリコン・シールド(シリコンの盾)と呼ばれています。
つまり半導体製造が台湾に集中していることで、中国が台湾に軍事侵攻するいわゆる台湾有事の際には、米国は台湾を救援してくれると台湾政府が信じているということです。
実際台湾政府の経済部長である王美花氏は、ワシントンDCを訪問したとき「このように台湾にあるTSMCがキー・グローバル・プレイヤーであることは、台湾をより安全にし、平和を保証してくれます」と言っています。
しかし、私はそうは思いません。
私は半導体製造が台湾に集中していることがシールドにはならず、その逆、つまり中国が台湾に侵攻するリスクをさらに高めることになると思います。
なぜ半導体製造の台湾集中が、中国の侵攻リスクを高めるのか。次ぺージでは、ブレマー氏の見解や、ラピダスなど日本の半導体産業の未来について語ってもらった。