三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第43回は「投資する側」「投資される側」の双方から、投資教育のあり方を考える。
「投資する」「投資される」大切なのは?
主人公財前孝史はふとしたきっかけから食堂で高校生と口論になり、投資部の秘密を脅かしたとして主将の神代圭介に厳重注意される。納得できない財前は、秘密主義をやめて投資部のような活動を全国に広げれば、日本は「真の投資国家」になれると反論する。
財前の説く「投資国家」は、岸田政権が推し進める資産運用立国構想とぴったり重なる。
高校生が授業で資産運用を習い、大学生がNISA(少額投資非課税制度)を始める――。そんな流れには「若者には、社会問題を解決する主体として『投資される側』を目指すことこそを教えるべき」という異論もある。
話題のベストセラー『きみのお金は誰のため』の著者、田内学氏も金融教育の現状に強い危機感を抱く一人だ。YouTubeチャンネル「高井宏章のおカネの教室」で対談した際には、投資教育推進派の私と激論になった。
田内氏の主張の根幹には「お金で解決できる問題はない」という考えがある。詳しくは著書に譲るが、煎じ詰めれば、投資でお金を増やしても、社会の中で実際に問題を解決する人間が育たなければ何の意味もないという趣旨だ。
初めにはっきりさせておこう。私は田内氏の問題意識と「お金だけ増やしても意味はない」という主張に賛同する。日本にはイノベーションの担い手がもっと必要だし、お金の多寡という名目値ではなく、生産力や購買力といった実質ベースで経済が伸びなければ日本という国は立ち行かない。
そのうえで、私は若い世代を含めて投資教育がもっと広く、深く行き渡るべきだと考える。日本では現状、ミクロでも、マクロでも、投資という営みが不足しているからだ。
もっと「カネの厚み」が必要だ
個人にとっては、現状の貯蓄偏重・投資不足は人生全体のリスクを高めかねない。投資を促しつつ詐欺的な金融商品から身を守るためにも、「攻め」である起業家精神の育成より、まずは「守り」の投資教育を優先した方が良い。現実問題としても、起業家になる人より、濃淡はあっても投資とかかわる人の方がはるかに多いだろう。
国レベルでみれば、リスクマネーはまだまだ足りない。資産運用ビジネスが多様化し、スタートアップや投機的格付けの企業への融資や債券まで資金が行き渡るような状態に持っていくには、もっと「カネの厚み」が必要だろう。そうした金融環境が整うほど、イノベーションの担い手となる起業家の芽も育ちやすくなる。
一言でまとめれば、私はリスクマネー不足の解消が日本経済復活の必要条件だと考えている。「お金だけ」では十分条件にはならないし、究極では「お金だけで解決できる問題」はないかもしれない。
だが、「お金がなければ問題解決が動かない」のが日本の現状ではないだろうか。アイデアがあればお金はついてくるとなれば、起業を志す動きは若い世代に限らず急速に広がるのではないかと楽観的に考えている。
最後に付け加えると、資産運用立国というキャッチフレーズはいただけない。日本のような規模の国が資産運用を「立国」の礎とするのは無責任だ。目指すべきは、資産運用大国であると同時にイノベーション大国でもある、そんな国の姿だろうし、日本にはその底力があると私は信じている。