私たちはふだん、人体や病気のメカニズムについて、あまり深く知らずに生活しています。医学についての知識は、学校の理科の授業を除けば、学ぶ機会がほとんどありません。しかし、自分や家族が病気にかかったり、怪我をしたりしたときには、医学や医療情報のリテラシーが問われます。また、様々な疾患の予防にも、医学に関する正確な知識に基づく行動が不可欠です。
そこで今回は、21万部を突破したベストセラーシリーズの最新刊『すばらしい医学』の著者で、医師・医学博士の山本健人先生にご登壇いただいた、本書刊行記念セミナー(ダイヤモンド社「The Salon」主催)の模様をダイジェスト記事でお届けします。(構成/根本隼)
Q. 二日酔いの原因物質は?
①メタノール
②エタノール
③アセトアルデヒド
④酢酸
A. ③アセトアルデヒド
これは簡単かもしれないですね。アルコールの代謝、すなわち分解の経路を科学的に理解していただきたいので、あえてクイズにしました。
アルコールというのは、ごく簡単に言うと、語尾に「オール」がつく化学物質の総称です。たとえばメタノールやエタノール、プロパノールなどがそうですね。アルコールの中でも、お酒に入っていて、適量であれば飲んでも大丈夫なのが「エタノール」です。
一方、「メタノール」もよく知られた物質ですが、こちらは猛毒です。飲むと失明して、場合によっては命を落としてしまいます。
上の図のように、エタノールは体内でアセトアルデヒドとなり、アセトアルデヒドは酢酸になります。そして、最終的には水に分解されて無害になり、体から排出されます。
アセトアルデヒドは肝臓で分解されますが、許容量を超えるエタノールを摂取すると、分解しきれずに翌日まで体内に残ってしまいます。
そして、血液中のアセトアルデヒドの濃度が高くなることで、吐き気や頭痛といった不快な症状を引き起こす。これが、二日酔いのメカニズムです。
日本人のうち「お酒に弱い人」の割合は?
しかも、アセトアルデヒドを酢酸に分解するアルデヒド脱水素酵素(ALDH)という酵素の強さには、個人差があります。
この酵素の働きが弱いタイプの人はアセトアルデヒドを効率的に分解できず、不快な症状を引き起こしやすい。いわゆる「お酒に弱い人」です。
ALDHの働きの強さは、遺伝子によって決まります。つまり、受精卵の時点で決定しているのです。
「飲酒の機会が増えて、昔よりお酒に強くなった」と思っている人がいるかもしれませんが、それは正しくありません。自分の体に起こる症状に対して「慣れる」ことはありますが、アセトアルデヒドの分解効率は上がりません。医学的な危険性は変わっていないのです。
なお、遺伝的な性質には「地域差」があります。同じ東アジアの日本や中国は酵素の働きが弱いタイプが多く、日本人はなんと44%です。逆に、ヨーロッパ系の白人やアフリカ系の黒人は0%です。
標本に使う「ホルマリン」はアルコールからできる
メタノールは体内で分解されて「ホルムアルデヒド」という物質になり、最後はギ酸という酸へと化学変化します。
このホルムアルデヒドは、医療現場ではなじみ深い物質で、水に溶かすと「ホルマリン」(ホルムアルデヒド水溶液)になります。理科の実験室で、ホルマリン漬けの標本を見たことがある人は多いかもしれません。
生物の臓器や標本をホルマリンに漬けると、腐敗が進まず、そのときの状態を維持したまま長期保存できます。この作業を「固定」といいます。
医師は、手術で切除した臓器をホルマリンに漬けて固定し、病理医に病理の診断を行なってもらいます。そのため、医療従事者はホルマリンを日常的に使っているのです。
メタノールとエタノールは似たような名前の物質ですが、性質は全く違うということがわかっていただけたかと思います。
(本稿は、ダイヤモンド社「The Salon」主催『すばらしい医学』刊行記念セミナーで寄せられた質問への、著者・山本健人氏の回答です)