M.O.F.は日本の「人間国宝」と比較されることが多く、“フランス版人間国宝”などとも呼ばれるが、人間国宝は重要無形文化財の保持者として長年の経歴と活躍した業績を認定するものなので、おのずと年齢が高くなる。

 一方のM.O.F.はコンクール制度であり、ふさわしい能力があると認められるか否かを試験や審査で判断される。この点が大きく違う。

 関谷氏が受章した年齢は43歳(当時)。フランス料理人として20年以上のキャリアを積み、たくさんのお客から絶大な称賛を得て、有名な料理コンクールで優勝経験がある……そんな関谷氏でも、心技体共に最高の充実した状態で臨まなくては、M.O.F.受章は成し遂げられない。審査には体力勝負の面もある。常に最適なタイミングで料理を提供し、プレッシャーにつぶされることなく、秒単位で追われる厨房(ちゅうぼう)で調理を続けなければならない。そのためには心身の強靭(きょうじん)さを備えることが必須条件となる。経験や実績だけでなく、ある程度の“若さ”も必要になるのだ。

ル・テタンジェの優勝メニュー

 前述の通り、関谷氏はル・テタンジェで優勝している。これは1967年から続く国際料理賞コンクールで、数多くの優れたスター・シェフを輩出してきた。関谷氏が師と仰ぐ“フレンチの神様”、故ジョエル・ロブション氏も、70年にこの大会で優勝している。

 世界のフランス料理人がその技術と味を競うル・テタンジェで、関谷氏は2018年11月に優勝。日本人としては34年ぶりに世界一の称号を手にした。この時の優勝作品のメインメニューは、舌平目にホタテの甘みを忍ばせたムースに、シャンピニオン、オマールエビのコライユ(卵巣)を加える。そして、ポシェ(沸騰させずにゆでる調理)で色みも美しい鮮やかなターバン型の円に詰めた渾身(こんしん)の一品だった。自身が考えて編み出した、お客さまをもてなす最高のメニューであり、その後も何度も提供していた。

 ところが、M.O.F.の料理は披露する予定がないという。なぜならM.O.F.の審査メニューは、おいしくないとまではいわないが、シェフが自ら作りたくて考え抜いた至高の作品ではないから。参加者の技術を見るために、わざと失敗しやすいように仕向けられたコンクール用のメニュー。優秀な者の中から、脱落者を蹴落とす要素が強い、料理人泣かせのメニューなのだという。

 M.O.F.では、2次審査以降のメニューは審査日の2週間前に発表され、そこから勝負が始まる。メニューが発表されると関谷氏は何度も試作を行ったが、最初はとても「おいしい」と思える基準には程遠いものだったという。しかし、食材の組み合わせやさまざまな調味料、火の入れ方など、試行錯誤の末、おいしくなる過程があったという(フランス料理の場合、和食にはない調理の火入れ技法だけでも20以上も存在する)。そのために、時間内に最大限に完成する、100点に近い料理を目指した。実際には、トップのシェフレベルに達していても、いままで見たことも調理した経験もない挑戦の連続であった。