既存薬の特許が切れる前に新薬を投入し、売上高を拡大する研究開発型製薬会社のビジネスモデルに暗雲が垂れ込めている。自社開発にせよ、M&Aにせよ、新たな医薬品が出にくくなっているのだ。内部成長を中心とした独自の路線で存在感を保ってきた、米製薬大手イーライリリー。10年にわたって同社を率いてきた名物会長が最後につくり上げた、新たなビジネスモデル戦略について聞いた。(聞き手:『週刊ダイヤモンド』編集部 佐藤寛久)
シドニー・トーレル(Sidney Taurel)/1949年2月生まれ、59歳。71年コロンビア大学でMBA取得、同年イーライリリーインターナショナル社に入社。96年社長兼COO、98年CEO。2005年会長就任。08年12月退任予定。米IBM社取締役、米マグロウヒル社取締役ほか多数の役職を兼ねる。(撮影:宇佐見利明) |
――巨額M&Aが相次いだ製薬業界で、イーライリリーは自社開発品を中心に成長を遂げる独自路線を貫いてきた。
企業規模、それ自体には関心を持っていない。業界平均を超える高いレベルの研究開発投資を続けることを、最優先に考えてきた。
数年前まで大きなM&Aで成長を狙う動きが多数見られたが、現実には2つの会社の研究開発部門が統合されても、必ずしもシナジーは生まれていない。1+1が2にもなっていない会社もある。
一方で、M&Aが起こるたびに何万人という社員が解雇される。また、組織が大きくなることで、形式主義が生まれ、組織の機敏さも失われる。われわれには132年前の創業時から、「安易に解雇しない」という考え方が根づいている。会社と従業員が相互に信頼することで生産性が向上する。企業ブランドを傷つけてまでM&Aをする気はない。
――近年、世界の大手製薬会社が相次いでリストラを打ち出している。製薬業界を取り巻く環境はどう変化したのか。
このところ、医薬品の研究開発における生産性は、大きく落ち込んでいる。米国では1996年に35件もの新薬が販売を承認されていた。だが昨年は、わずか17件の化学合成の医薬品と2件のバイオ医薬品だけだ。これは83年以来の低水準である。
当局の規制も厳しくなっており、臨床試験の費用など、医薬品の開発にかかるコストが非常に大きくなった。