3.修道院は破格の安さ、巡礼者と一緒に晩餐
・シングルユース1泊50ユーロ(8000円)
1万円以下でも特別な気分にひたれるフランスの宿泊施設を紹介したい。ホテル予約サイトで「破格の安さ」に魅力を感じて部屋を確保したところだ。たどり着いてみるとその豪華さとともに、ちょっとビックリな経験をして、図らずも欧州文化を肌で感じることができた。
30年にわたるツール・ド・フランス取材で宿泊した星の数ほどのホテル。その中で記憶に残るのはたいてい「見つけにくい」という共通項がある。今回紹介するところもカーナビに住所を入力しただけでは案内されず、その町のスーパーに飛び込んで地元の人に道順を教えてもらった。
フランス中南部のロデズあたりは宿泊できる場所が少なく、ツール・ド・フランス出場選手や関係者もわざわざ遠く離れた町に滞在するケースが多い。私もホテル手配は難儀したが、予約サイトでたまたま部屋を見つけた。サンコームドルト(Saint-Come-d’Olt)という町で、中世の建物が残る落ち着いたところだった。
ロデズの町中で原稿を書いていると、「午後7時までにレセプションに来てね」という電話がかかってきたので、仕事を中断して急いでホテルに向かうことに。Wi-Fiがあることは確認済みだったので、ホテルの部屋で原稿を書けばいい。ところがサンコームドルトの集落に到着してもこの日の宿「エスパスランコントル・アンジェールメリシ(Espace rencontre Angèle Mérici)」を示すものはなにもなかった。
スーパーマーケットのレジのおばさんにたずねると、この先の小高い丘の中腹にあるとのことで、道順を教えてくれた。レンガ造りの4階建て。建物がグルッと中庭を取り囲み、教会のような尖塔もある。宿泊料8000円にしては立派すぎる。
中に入るとオフィスのような部屋があり、執務をしていた男性がキーをくれた。「7時から“メス”があるからね」と声をかけてくれる。エッ? フランス語でメスってなに? と首をかしげながら部屋に上がると5人部屋のシングルユースだ。水回りもきれいで、エアコン完備。建物を一周してみると中庭の反対側にある館はオーナーが住んでいるようだ。自給自足の菜園には散策路があって、ヤギとニワトリを飼っている建物もあった。
丘全体がこの宿泊施設の敷地という感じだ。改めて道路に面した門扉まで足を運ぶと「コンポステーラまでの重要拠点」と「おすすめの宿」というプレートがあった。夕食の時間に食堂に行くと、他の宿泊者がお盆を持って並び、住み込みの修道女がスープや食事を盛りつけてくれた。ようやく分かったのだが、ここは巡礼宿だった。さっきの“メス”は英語のミサのことか。ルパ(晩餐)はみんな一緒のテーブルで、ワインを回してもらいながら食べた。
スペイン北西部にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼路はいくつかあるが、この町を通るのはフランス中央部に位置するル・ピュイを出発する最も有名なコースだ。東ヨーロッパのポーランド、ハンガリー、ドイツ、オーストリア、スイスからの巡礼者はみなこの道を歩く。ここから目的地までは1522km。歩くと65日を要する。
翌朝、次の町を目指してクルマを走らせていると、道すがらひたすら西を目指して歩く巡礼者たちを多く見かけた。彼らは夏休みを利用して巡礼を敢行しているのだが、自動販売機なんかひとつもない丘陵地を水と食べ物の入ったバックパックを背負って歩き続ける。こうしてたどり着いた巡礼宿がどれほどくつろぎを与えてくれるかは計り知れない。きっとシャワーのお湯が心地よく、質素な食事だっておいしくいただけるはずだ。
クルマを利用して取材を続けるツール・ド・フランスもある意味で巡礼に近いものがあり、その日にたどり着いた清潔なベッドに心からホッとする。だから歩いてたどり着いた巡礼者は「地上に生きていること」を痛感するほどの感慨があると思う。そんな宿泊施設がネットで簡単に予約できてしまうのも驚きだった。
フランスには一般的なホテルをはじめ、オーベルジュ(旅籠)、ジット(貸別荘)、シャンブルドット(民宿)などのカテゴリーがあって、それぞれの統括団体がその伝統と格式をコントロールしている。
近年はホテル予約サイトが機能性を拡張し、訪れる都市と予算に応じてピンポイントで求める宿泊施設が予約できるようになった。アルプスや地中海などのリゾート地の物件もオーナーが一時貸ししたりするので、ネット予約できてしまう。