強烈なリーダーが「統率」するのではなく、個が「自律」していながらバラバラに崩壊もしない「渡り鳥の群れ」のような会社をつくるには、何が必要なのだろうか──? この問いを探究する『理念経営2.0』著者・佐宗邦威さんの対談シリーズ。
今回は、1914年創業の老舗旅館を継承して以来、独自のビジョンを掲げて会社を成長させてきた星野リゾート代表の星野佳路さんをゲストにお迎えする。本記事のテーマは「組織文化」。リゾート再生事業なども手がける星野リゾートは、既存の企業文化との衝突をどのようにクリアしてきたのだろうか?(第4回/全5回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)
「フラットな組織文化」を拒絶するのは中間管理職
佐宗邦威(以降、佐宗) 前回は、企業規模が大きくなる中で星野リゾートの「フラットな組織」という価値観を浸透させるための工夫を伺ってきました。「偉い人信号」をなくして全員がお互いを「さん」付けで呼び合ったり、新卒の採用を重視したり、入社後の研修や麓村塾(ろくそんじゅく)での工夫だったり、さまざまな取り組みをされていますね。
他方で、星野リゾートでは、既存のリゾート企業の再生案件を手がけていらっしゃいますよね? 再生企業の側には、星野リゾートの「フラットな組織文化」とは相容れない価値観を持った社員の方もたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
星野佳路(以降、星野) そうですね、大きな組織の再生案件を引き受けることも増えています。そのときに「フラットな組織」にいちばん不満を持つのは中間管理職です。たとえば日本の地方の旅館やホテルだと、200人ぐらいの社員がいて、そのうち30~40人くらいが中間管理職ということがあります。
中間管理職は、部下に対して「情報量の差」で優越性を維持する傾向があります。「お前たちは知らないかもしれないけれど、うちの会社は本当はこうなんだぞ」と。情報を知っているという事実によって、議論の優位性を保っているわけです。
しかし、組織がフラットになってしまうと、そういうわけにいきません。ケン・ブランチャードが『社員の力で最高のチームをつくる』で言っているように、「組織図を逆さにする」ことになると、基本的にトップからボトムまで社内の情報が均一化されます。
佐宗 中間管理職は「管理職だからこそ知っていること」がなくなってしまうわけですね。
星野 はい。情報量の差だけに頼っていた管理職は、威厳が維持できなくなります。再生案件の運営を始めるときも、社員に対してフラットな組織文化という価値観をいきなり伝えて実践してもらうのですが、それに馴染んでいく中間管理職の方々もたくさんいる一方、それに馴染めない中間管理職の方々は辞めていくという傾向があります。
佐宗 『理念経営2.0』でも「バリューを明確にすると、メンバーの新陳代謝がある程度起こってしまう」と書きました。じつは僕の経営する会社でも、バリューを明確にしたことで退職者が出たことがあります。でも、その「痛み」を乗り越えると、組織は強くなっていきますね。
星野 そう思います。フラットな組織文化に中間管理職で抵抗を感じる方もいますが、サービスの最前線で働いてくれるスタッフは、パートさんも含めて多くが基本的には喜んでくれます。言いたいことを溜めている人たちがたくさんいるということです。
佐宗 そういう人たちが元気になると、組織が変わってきますね。
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士を修了。帰国後、1991年に星野温泉旅館(現・星野リゾート)代表に就任。以後、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外で68施設を運営。年間70日のスキー滑走を目標としている。