強烈なリーダーが「統率」するのではなく、個が「自律」していながらバラバラに崩壊もしない「渡り鳥の群れ」のような会社をつくるには、何が必要なのだろうか──? この問いを探究する『理念経営2.0』著者・佐宗邦威さんの対談シリーズ。
今回は、1914年創業の老舗旅館を継承して以来、独自のビジョンを掲げて会社を成長させてきた星野リゾート代表の星野佳路さんをゲストにお迎えする。ビジョン策定後に決めた星野リゾートの「価値観」とはどんなものか? 価値観が「ビジョンに対するブレーキ」として機能するとは、いったいどういうことなのだろうか?(第2回/全5回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)
星野リゾートの価値観に「法令遵守」が入っている理由
佐宗邦威(以降、佐宗) 僕はいま軽井沢に住んでいることもあって、星のや軽井沢で働く方々とも交流があります。みなさん自分の手帳に会社のビジョンやミッションを書いたりしていて、会社の理念を大事にしていますよね。星野リゾートには、それとは別に「価値観」があるとのことですが、それはどんなものなのでしょうか?
星野佳路(以降、星野) 「法令の遵守」「フラットな文化」「Matureな組織」「同僚への敬意」「取引会社への礼儀」「社員へのコミットメント」の6つです。
佐宗 これはどのようにつくられたものなのですか? 以前からあった価値観を言語化したものなのでしょうか?
星野 ビジョンと同様、私が引き継ぐまでは「価値観」もありませんでした。ビジョンをつくったあとに、その実現に対して大事なルールだと思ったことを少しずつ言語化していきました。
佐宗 最初にできた価値観は何ですか?
星野 「法令遵守」です。事業を引き継いだ1991年当時は星野温泉も法令遵守がひどかったのですよ(笑)。
佐宗 え、そうなんですか。いまの姿からは想像できませんね。
星野 外から見ても中にいても、胸を張って「株式会社星野温泉はきちんとした会社です」と言えるようにしなくてはいけないと思いました。ビジョンに向かって進んでいくことは大事だけれど、法令を破ってまでビジョンに向かおうと言い出したら、会社の持続可能性はなくなります。
佐宗 たしかにそうですね。前回の記事で、僕が「ビジョンがアクセラレーターだとすれば、バリューはスタビライザー」と言ったとき、星野さんは「星野リゾートの価値観はむしろ『ビジョンへの向かい方を制限するブレーキのようなもの』だ」とおっしゃっていましたよね。その意味がわかってきました。ちなみに、法令遵守の次にできたのはどれですか?
星野 「取引会社への礼儀」です。経営を始めて3年目のときに、取引会社さんに対する礼儀は非常に大事だと気づきました。たとえ私たちが礼儀を欠いていたとしても、彼らは顔には何も出さないかもしれません。しかし、必ずどこかで不満を溜め込んでいるはずです。
取引会社の方々は、私たちのお客様に対する価値を一緒につくっている大切なパートナーです。パートナーとして敬意を持って接しなければ、「この会社のために質の良いものを安く納めよう」とは思ってもらえません。そのため、会社の価値観の中にこれを盛り込み、スタッフには「取引会社への礼儀」を徹底してもらいました。取引先への礼儀を失してまで、ビジョンに向かってはいけないと思います。
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士を修了。帰国後、1991年に星野温泉旅館(現・星野リゾート)代表に就任。以後、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外で68施設を運営。年間70日のスキー滑走を目標としている。