三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第55回は、最近やたらと褒めそやされる「パーパス経営」に物申す!
「パーパス経営」にピンと来ない理由
桂蔭学園女子投資部のメンバーは様々な会社の社是社訓を調べる。3人は「ほとんどがダメな社是」「長くて抽象的でわかりづらい」と感じる一方で、短い言葉で経営理念や企業風土を伝えるメッセージの重要性を発見する。
社是社訓は古めかしい感じがするが、言葉によって経営の方向性を示す考え方は流行りのパーパス経営に通じる。社内向けのメッセージとしては社員のベクトルをそろえる狙いがあり、対外的には存在意義のアピールとともにブランド戦略の一翼を担う。
という理屈は分かるのだが、私にはどうにもパーパス経営というのがピンと来ない。どこか上滑りした空疎なイメージが抜けないのだ。
理由のひとつは、中途半端なトップダウン感だ。こんな光景が目に浮かぶ。まず「今どきはパーパスだ」と役員から経営企画部が指示を受ける。他社の動向を探りつつ権威付けするため、外部のコンサルを入れる。コストと手間をかけて社員に意識調査をやるが、現場は「また本社が面倒くさいことを言い出したな」と白けている。
結果として、熱量の低いありきたりなパーパスが出来上がる。普段は社員すら忘れていて、インターンに来る就活生の方がちゃんと覚えているような「遺物」となる。
もっと根が深い違和感は拭いきれない「アリバイ作り」のにおいだ。パーパス経営は米国発のブームだが、背景には行き過ぎた株主資本主義への批判と反省がある。
株主以外のステークホルダーにも目を向けたスローガンを掲げることで、企業の社会的役割を見直そうという発想だが、昨今の過剰なポリティカル・コレクトネスの風潮も相まって、八方美人で無難な言葉を選びがちになる。
日本企業には「何を今さら」
そもそも日本企業は、米国ほど株主資本主義が徹底されておらず、よく言えば幅広いステークホルダーを配慮する意識が高い、いじわるな言い方をすれば世間体を気にする傾向が強い。企業の社会的役割を再定義しようと言われても、「今更、何を言っているのか」と感じる人が多いのではないか。
だからといって、企業にとって「言葉」が重要ではないのかといえば、そんなわけはない。問題はどうやってメッセージに血肉と重みをもたせるかだ。
私は最強の武器は経営トップの肉声だと思う。
作中でも引用されるサントリーの「やってみなはれ」は、トップの心がこもった言葉だからこそ、誰もが知るフレーズとして日本社会に定着したのだろう。
アップルが明文化した企業理念を持たないことは有名だが、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチで引用した“Stay Hungry, Stay Foolish”というフレーズは、アップルを作り上げたカリスマの哲学を強烈に印象づける言葉となっている。
昨今のステークホルダー重視の風潮も、松下幸之助の「企業は社会の公器」という名言に言い尽くされている。
合議制で角がとれた言葉は、耳を素通りし、誰の心にも刺さらない。パーパス、パーパスと騒ぐより、経営トップが言葉を磨くべきではないだろうか。