ある日、慎太郎の担当スカウトだった田中秀太さんが顔を紅潮させて病室を訪れ、入ってくるなり、「決まったぞ!」と叫びました。ベッドに腰掛けていた慎太郎は秀太さんを見て、びっくりして口を開けています。秀太さんは構わず慎太郎に近づくと、

「球団は24番を空けて待つ。横田、絶対に帰って来いよ」

 息子はただ、ただ、秀太さんの顔を見つめていましたが、次の瞬間、「ありがとうございます……!」と頭を下げました。

ようやく見えた回復の兆しと
横田家の闘いを支える球団

 24番を空けて待つ。

 契約を切らず、選手としての復帰を信じてくれた阪神球団の結論に、私だけでなく真之も真子も心から感謝しました。特に真之は球界の厳しさを知っているだけに感動もひとしおでした。

 病室を出たところで、そっと秀太さんに、「本当に、球団さんは大丈夫なんですか」と聞きますと、静かに微笑みました。

「もちろん先のことは分かりませんし、本当に復帰できる保証はないかもしれません。ですが、我々は慎太郎くんが野球をやりたいと願う限り一緒に闘います。あいつから野球を奪うのは、病気だけで充分だ……」

 この知らせは、慎太郎の心を元気にしてくれました。そしてその心の元気が何よりも必要でした。慎太郎は少しずつトレーニングを開始しました。見えない間も、病院内を歩いたり手足を動かして運動することを心がけていましたが、視界が戻ってきたことで、ストレッチや筋トレ、そしてボールを使ったトレーニングも自分なりに始めたのです。

「キャッチボール、付き合って」

 晴れた日は庭に出て、3歳の時に使っていたふわふわのゴムボールでキャッチボールをしました。優しく投げたつもりなのに、慎太郎は怖がってよけてしまいます。

「ボールがよく見えない……」

 最初は落ち込んでいましたが、2回、3回と投げるうち、だんだん感覚が戻ってきたようで、次第に普通にキャッチボールができるようになり、その戻りの速さに私が驚きました。