直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】歴史小説は「本屋大賞」で勝ちにくい!?Photo: Adobe Stock

直木賞に強い歴史小説

出版業界には、さまざまな文学賞があります。

有名なところでは芥川賞に直木賞。野間文芸賞、江戸川乱歩賞、吉川英治文学賞など、一つひとつ挙げていけば枚挙に暇がありません。

なかでも歴史小説は、直木賞などの文学賞には伝統的に強い印象があります。

人が抱える問題点を
あぶり出しやすい

歴史を描く場合、過去と現在を対比することで、現代の人たちが抱えている問題をあぶり出しやすくなります。

その点が、メッセージ性が重視される文学賞においては、評価されやすいのではないかと分析しています。

殺人ありきで
物語が始まる?

それに比べると、ミステリーSF小説は、文学賞でやや劣勢に立たされる傾向があります。

ミステリーはトリックの比重が高まる分、メッセージ性に乏しいと受け止められるリスクを抱えることになります。

20~30年くらい前の文学賞の選考会では、「殺人ありきで物語が始まることに抵抗がある」といった評価がなされることもありました。

文学賞の選考委員を
殺して回る?

SFになると、さらに文学賞の受賞者は少なくなります。SF出身者である小川哲さんが2022年『地図と拳』で直木賞を受賞したのは、かなりのレアケースといえるでしょう。

ちなみに、SFの大家である筒井康隆先生は、『大いなる助走』という作品の中で、主人公が直廾(なおく)賞という文学賞の選考委員を殺して回る姿を描いています。

歴史小説の受賞が少ない
本屋大賞

一方、歴史小説の受賞が少ない文学賞の一つが本屋大賞です。

これまでにも『天地明察』(冲方丁著)、『村上海賊の娘』(和田竜著)などの作品が受賞していますし、2022年には第二次世界大戦中に行われた独ソ戦の物語である『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬著)が大賞に輝いており、実績がないことはないのですが、少々分が悪い印象があります。

いちばん売りたい本

本屋大賞は「全国書店員が選んだいちばん! 売りたい本」をキャッチコピーに掲げており、全国の書店員さんの投票によって受賞作が決定されます。

この賞の選考では、書店員さんが過去1年間に読んで「面白かった」「お客様にもすすめたい」「自分の店で売りたい」と思った本を選んで投票します。

一次投票では1人が3作品を選び、上位10作品がノミネートとして発表されます。

二次投票ではノミネート作品をすべて読んだ上でベスト3の順位づけをして、その集計結果により大賞作品が決まるというレギュレーションです。

本屋大賞での
歴史ジャンルの弱さ

この選考方法では、書店員さんに普段から読まれていないジャンルの本は、一次投票を通過するのは非常に困難となります。

歴史・時代小説は伝統的に男性・年配層の読者が多く、私たち書き手の力不足もあり、今の書店員さんの主力である20代~40代女性になかなかリーチできていない実情があります。

それが、本屋大賞での歴史ジャンルの弱さにつながっているのだろうと分析しています。

この現状を覆すには、私たちが圧倒的に面白い作品を書くしかありません。本屋大賞受賞は私の目標の一つです。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。