直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
現代では廃れてしまった「列伝物」
歴史小説には「列伝物」というジャンルが隆盛した時期があります。
時期でいうと、吉川英治が登場した昭和初期から、司馬遼太郎が登場した昭和30年代の中間くらい。
やや吉川英治寄りの時代に盛んに発表され、今ではほとんど顧みられなくなった表現形式です。
「列伝物」とはなにか?
説明するのは非常に難しいのですが、あえてひと言でいうと「ウィキペディアの解説文に、少しだけ物語性を加えたもの」という感じでしょうか。
織田信長でいえば、「天文三年、尾張の国に生まれ、幼名を吉法師といった」という具合に始まり、家族構成などを淡々と記す解説文が基調となります。
そうかと思うと、「大うつけだといわれたが、これは誇張しすぎだろう」などと作者の感想が入ったり、「信長はその時灰を掴み投げ、『なぜ死んだ』と言ったらしい」というセリフが入ったりもします。
「列伝物」は“面白い教科書”
その意味ではエッセイや小説の風味も少しだけ味わえるのです。この列伝物のスタイルを得意としたのが海音寺潮五郎という作家です。
彼は『武将列伝』や『悪人列伝』といった作品で多数の人物伝を書き残し、このジャンルの先鞭をつけました。
列伝物は歴史の基礎知識を叩き込むには、けっこう便利な本といえます。プロの作家が上手に偉人の業績をまとめてくれているわけですから、“面白い教科書”を読むような感覚で知識が身につきます。
マニアックな登場人物
私も少年時代にはこのジャンルを愛読し、そこから多くの知識を学びました。
たとえば、足利尊氏に仕えた武将である高師直(こうのもろなお)という名前は列伝物を読んで知ったと記憶しています。
列伝物は、こうした教科書には載らないレベルの偉人を扱っているので、とても重宝しました。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。