孤独死や不審死、自殺などがあった住居の清掃を行う特殊清掃員。韓国で特殊清掃員として働く著者が、現場に残された、届かぬままの「たすけて」の痕跡を記します。自ら死を選んだ28歳の女性が、誰にも伝えられなかった思いとは。本稿は、キム・ワン『死者宅の清掃』(実業之日本社)の一部を抜粋・編集したものです。
孤独死現場で発見した
女性が残した「意外なもの」とは
ちょうど陽が沈むころ、早めの夕食を済ませて片付けをしていると電話がかかってきた。不動産屋からだった。自殺した若い女性のワンルームマンションをお願いしたいと言い、費用のことなどをいろいろ尋ねてから、慎重にこう付け加えた。
「ちょっと変わったところがありましてね、だからといってご面倒をかけるようなことじゃありません。まあ、行けばわかることなんですが、とにかく家財道具もろくにない、貧しいお宅なんです。よろしく頼みます」
内容のわりに不動産屋の声は落ち着いていた。事務的ながらも冷たいとは言えないほどの丁寧さが感じられたので、あえてこちらから聞き返すようなことはしなかった。
相手が説明に20分以上費やしても、いざ行ってみると現場の状況がまったく違っている場合もあれば、わずか何言かの控えめな表現なのに、現実を正確に言い当てている場合もある。50歳前後の不動産屋は、顧客にわかりやすく物件を描写してみせる術を、長年の経験で会得しているようだ。
依頼の部屋のデジタル式ドアロックはすでにピカピカの新品に取り替えられていて、不動産屋が教えてくれた番号を押すと、隣の部屋にも聞こえそうな大きな開錠音を響かせた。私は自分にも聞こえないように、そうっと深呼吸をした。
そして、ドアノブを回して部屋に入った。柔軟剤のラベンダーの香りと人間の腐敗臭が一つに混じりあい、不快な甘ったるさで私の鼻を衝いた。
闇の中で手を伸ばして明かりをつけると、目の前に予想外の光景が広がる。緊張していた私の感情は、驚きに変わった。
自殺現場で思いがけずキャンプ用テントに遭遇したのだ。
薄ピンク色の丸いキャンプ用テントが部屋の真ん中に立ててあり、入り口には焼酎のビンが7、8本転がっている。誰が見ても、しばしテント暮らしをするためにわざと設置したものだった。
ここが部屋の中だからおかしく見えるだけで、そっくり川辺の砂利場や林に移し置けば、ごく普通の風景だっただろう。周りにはテレビも化粧台もない。入居者の生活の痕跡をたどれるものといえば、スチールラックと呼ばれる床から天井にまで達しそうな、何段もの金属棚でできた洋服棚があるぐらいだ。