バカ息子を見捨てない父と
父の思いに気づいた息子の物語
『定職をもたない息子への手紙』(ポプラ社)
著/ロジャー・モーティマー、チャーリー・モーティマー
英国のある父親が、25年にわたって息子に手紙を書き送り続けた。そのたくさんの手紙を整理して、当の息子がコメントをつけて本にした。それが本書だ。手紙を通して父親に怒られたり、励まされたり、愚痴られたり、何か頼まれたりしている息子のチャーリーは1952年生まれ。私より少し上の世代だ。父親のロジャーは1909年生まれ。この年代の父子だから、メールじゃなくて手紙なのである。
チャーリーは典型的なドロップアウト君で、名門イートン校から落ちこぼれるのを手始めに、転々と職を変え、居所も落ち着かずに、飄々と人生をさまよう。ベテランの競馬ジャーナリストとして成功している父親のロジャーは、そんな息子の生き方を叱り、その心身の健康を案じる。但し、あくまでもユーモラスに。
「お前に深刻な手紙を書くのは、寝室用のスリッパを履いて重さ30トンのコンクリートの塊を蹴っ飛ばすのと同じくらい無駄なことだと、私には分かっている。それでもお前のことが心配だから、やはり書かずにはいられない」
本書の最大の魅力は、何だかんだ言っても父ロジャーが息子チャーリーを愛していて、ひたすら手紙を「書き続けた」という一点にあるのだと思う。父はチャーリーを見捨てなかった。手紙で家族の近況を伝え、自分の気持ちを打ち明け、ずっと、おまえがどこにいようと私はここにいるよと知らせ続けた。
「父の死後20年が経ち、僕も、彼が手紙を書き始めてくれて間もないころと同じ、60歳になった。僕がまだ生き延びており、それなりに幸せな日々を送っていることを知ったら、父もきっと喜んでくれるのではないだろうか」
本書を読了し、あらためて序章のこの一文に戻ったら、泣けてしまいました。叱られ息子チャーリーも、父の愛情にちゃんと応えながら年月を経て、あのころのロジャーと同じ歳になったのだ。とても、とても、羨ましい。田内志文訳。
息子は、娘は、どうして
過激思想に染まったのか
『家族をテロリストにしないために イスラム系セクト感化防止センターの証言』(白水社)
著/ドゥニア・ブザール
明瞭にテーマを示すタイトルと、帯の「フランスで起きていることは他人ごとではない」の一文で、本書がテロの恐怖を声高に叫ぶアジテーション本に見えてしまったとしたら、それは誤解だ。全体を読み通したとき、私が最初に抱いたのは既視感だった。地下鉄サリン事件(1995年)を中心とした一連のオウム真理教事件の当時、あの教団に大切な家族を奪われた人々の苦悩と後悔、奪還までの険しい道のりが広く報道され、私たちの日常のなかで「洗脳」「脱洗脳」という言葉が普通にやりとりされていたことを思い出したのである。