新社長の活躍を邪魔してはいけない
「経営理念」の浸透に徹底しよう
そして第四に、事業承継は社長が交代したら終わるわけではない。「事業承継後のフォロー」が、一番大事といっても過言ではない。後継者の社長就任後、先代は会長に残ることも少なくないが、会長はこれまでの仕事をすぐに手放すのではなく、しばらくの間、新社長をフォローしながら「並走」する必要がある。ここで起こりがちな“あるある”が、冒頭で紹介した【ケース2】の事例のように、社内が社長派と会長派に分裂してしまうこと。
二頭政治にならないように、社員からの報告は常に社長に一本化して、自分のところには直接来ないよう、会長自らが社員に告げたい。そして、会長への報告は社長にさせる。この指揮系統が乱れると、組織は衰退の一途をたどる。
会長を慕っている古参の社員たちは、たとえ代替わりしても、会長の言うことを聞きがちだ。これは新社長には必ず付きまとう悩みだろう。業務改善や新規事業の立ち上げを進めようと思っても、社員の反発で行き詰まることも多い。新社長を受け入れる雰囲気や体制をつくるのは、会長の大きな役目だ。
ところがその会長が、社長の邪魔をしているケースが多いという。新社長がどんどん自分のカラーを出してきて、周りもそれに賛同して結果を出し始めると、なんだか自分のやってきたことを否定されているようで、面白くなくなってくるのだ。
こういった対立が起こらないためにも、社長と会長が並走している期間は、月に数回は意見交換する機会を設けるなど、密にコミュニケーションを取るようにしたい。
最後に、並走期間に徹底したいのが「経営理念」を引き継ぐこと。これは事業承継において核となるポイントだ。長く続いている企業は、企業理念が代々しっかり受け継がれている。これは、継がせると決めたらすぐにでも始めるべきことだが、本人だけではなく、社員にも浸透しているかが重要。それを見届けるのが会長(先代)の最大にして最後の仕事といっていい。
日本で最も有名な通販会社の一つ、ジャパネットホールディングスは、息子へのスムーズなバトンタッチを重視したカリスマ先代社長の英断が光る事例だ。先代社長は事業承継の後、会長には残らず潔く引退。親子がそれぞれ社長と社員として会社にいる期間に、濃密に「並走」している。
ここまで事業承継の4つのポイントを紹介してきたが、それらに共通する考え方は、継がせる側の都合や価値観を押し付けるのではなく、「継ぐ側の視点」で事業承継を捉える必要があるということだ。
「アトツギファースト」を唱えて、中小企業の承継予定者を対象に、新規事業開発や業務改善の支援を行う一般社団法人ベンチャー型事業承継の山野千枝代表理事は、「過去に意識が向きがちな先代に対して、後継ぎが見るべきは、ここから20年、30年先」と指摘する。
事業承継はあくまで息子や娘、あるいは社員などの後継者が主役。これからの時代、古い価値観のままでは、冒頭で紹介したような「残念な事業承継」を招くかもしれない。
次回以降は、ここで述べたポイントを踏まえながら、試行錯誤を経ながらも「明るい事業承継」を実現した企業の実例を見ていく。