日本にとって、より直接的な影響は、中国の挑戦です。

 中国は冷戦後の四半世紀で、中国自らが公表する国防費だけで、40倍に膨らみました。40%ではありません。この10年でも3.6倍という凄まじい軍拡です。しかも北朝鮮と違い、経済成長を基盤に持つ軍拡だから重みが違います。

 問題は、戦後の日本やASEAN諸国などと異なり、中国の国益のためなら軍事力の行使も厭わないという姿勢です。中国にとって軍事力とは、戦時中の日本をはじめとする帝国主義者を追い払った神聖なもの。国の存立の手段と位置付けられています。戦後の日本とは違うんですね。

 安倍晋三首相が、トランプ氏に各国首脳の中で最初に会い、日米が今後も協力できるという期待感が出てきましたが、これからトランプ氏が中国の習近平国家主席と会ってどう落としどころを探るのか。これが17年を占う上で、非常に大きなテーマになるでしょう。

 米国が、南シナ海の人工島問題に深入りしない姿勢で臨む、あるいは「世界の警察官を務められないから、後は地域覇権国に任せます」などという誤ったメッセージを送れば、日本の安全保障政策は根底から崩壊します。

日本の防衛力は質が高いが
「拒否力」にとどまる

 日本の防衛力はそれなりに質が高い。中国がうかつに手を出せば、スッポンよろしくかみつくぐらいの、いわば「拒否力」はある。ですが、日本単独でできるのはここまでです。

 戦後の日本は、日米安全保障条約の下、自分を実際に攻めてきた相手にかみつくにとどまり、相手の心臓部を貫く能力、つまり「抑止力」を持ちません。それは同盟国の米国任せです。

 ただし、トランプ氏の言うような「米国が一方的に日本を守る関係」と思うのは正しくない。米国は自らのグローバル戦略のために日本を基地として重宝し、その活動の派生結果として、自ずと日本を守っています。

 米国が行う世界の軍事展開のうち、地球の3分の1から半分程度は日本の基地に依拠しています。しかも、駐留費用の75%を日本が負担するという厚遇付きです。

 ペンタゴンはこの点を熟知していますが、日本側はトランプ氏に日米同盟の重要性をあらためて認識させねばなりません。中国の力による現状変更を抑制させる努力が、国の生死に関わるほど重要です。

―― 一方、トランプ氏の登場で、日本が米国の庇護から外れ、真に自主独立できる良い機会だという意見や、逆に沖縄などの米軍基地をなくすことができるという期待の声もあります。

 そうした声がそこここで高まっているのは看過できません。しかし、国際政治をしっかり見ていれば、間違っても採ってはいけない方策だと思います。

 実はトランプ氏の登場以前から、危惧していることがあります。米国は中国と対抗しているように見えて、他方で両国は各種のシンクタンクなどを通じて、戦略対話を数多くやっているんですね。

 そういう場で、中国が米中戦争を避けるための「切なる要求」として、米国に圧力をかけているのが、沖縄米軍基地の撤収です。

 結果、米国で「これを受け入れないと米中戦争になりかねない」という意見が徐々に増えています。しかし、彼らも面と向かってそうは言い難いので、「沖縄住民が基地に反対だから」という配慮を理由としがちです。

 安定期ならともかく、中国が軍拡を強行して、支配地域を広げようと勢いづいているときに(沖縄から)撤収するのは、「どうぞお取りください」というのと同じです。つまり、「ミュンヘン協定」(1938年、旧チェコスロバキアのズデーテン地方をナチス・ドイツに割譲し、その後の第2次世界大戦を招いた融和政策)のごとく誤ったメッセージとなりかねません。

 17年は、米国との同盟関係に加えて、韓国や豪州、インド、そしてロシアなどと潜在的な友好関係を築く努力が、これまでにも増して必要な年となるでしょう。

※五百旗頭真氏の2016年末のインタビュー時の肩書は熊本県立大学理事長、神戸大学名誉教授