日本のアニメ作品と関わりが深い音楽といえば「アニソン」と呼ばれて親しまれている“主題歌”を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、アニメの音楽は主題歌だけではない。劇中曲にクラシックの楽曲を使用したことで、作中屈指の名シーンとなったケースも多数存在する。それらは、物語のテーマやシーンに合致した曲が選ばれているという。※本稿は渋谷ゆう子著『生活はクラシック音楽でできている』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。
殺人現場で奏でられる
ベートーヴェンの「月光」
すでに漫画のコミックが100巻を超え、アニメも25周年という『名探偵コナン』もクラシック音楽を効果的に使う作品のひとつです。
登場人物がピアノでベートーヴェンのピアノソナタを弾く『ピアノソナタ「月光」殺人事件』があり、その物語の秀逸さから「コナンの神回」とファンの間で呼ばれている話です。
『ピアノソナタ「月光」殺人事件』は主人公コナンが訪れた島で、火事にあった家のピアノから「月光」のメロディが流れるたびに人が殺されていくというストーリーです。
この曲が使われただけでなく、古いピアノなのに音が狂っていない(調律がされている)ことや、楽譜を暗号に利用したりするなど、クラシック音楽愛好家の関心をひく仕掛けが散りばめられています。
「月光」はベートーヴェン作曲の「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2幻想曲風ソナタ」のことを指します。
月光の波を思わせる緩やかな第1楽章に始まり、軽快なテンポの第2楽章、そして速いスピードで指を動かして弾くことが求められる第3楽章と、楽章ごとにどんどん速度が上がっていく斬新な構成です。
アニメの中でも第1楽章から順番に使われていて、殺人の切迫感を上げる効果を発揮しています。
この時期、ベートーヴェンは自分の耳に強く異常を感じるようになっていました。自ら死を望んでしまうほど思い悩んでいた頃です。
幸いにしてベートーヴェンは最悪の事態を自力で回避し、生きるほうを選ぶことができました。
渋谷ゆう子 著
しかし、コナンの物語の中ではこの連続殺人の真犯人をコナンが追い込んでしまったことで、結果的に犯人自ら死を選んでしまいます。コナンである子どもの体になってしまった工藤新一では、その自殺を止めることができませんでした。
『名探偵コナン』の数多いストーリーの中で、犯人を追い詰めて死なせてしまったのはこの『ピアノソナタ「月光」殺人事件』だけです。以降、コナンは推理で人を殺さないという探偵哲学を徹底させていきます。
作者青山剛昌は、「推理で犯人を追い詰めて殺すことなく、捕まえて罪を償わせる」という物語の核を貫くために、あえて例外であるこの回を描いたといいます。
その長い連載の唯一の例外に、死を意識していた時期に作られ、そして死を選ばなかったベートーヴェンの楽曲でストーリーを構成した意味は大きかったといえるでしょう。