「名プレーヤー、名マネジャーにあらず」とは、よく言われることですが、難しいのは平社員が管理職になった時だけではありません。昇進と同時に異動となったM氏は、新しい環境でどう学び直せばいいのかと悩んでいました。『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』を監訳した株式会社チームボックスCEOの中竹竜二さんに相談しました。中竹氏は、早稲田大学ラグビー部監督として大学選手権2連覇を果たし、退任後は自ら起業したチームボックスで企業のリーダー育成トレーニングを数多く手がけてきました。2023年12月、都内で開催した同書の読書会でのやりとりを紹介ます。(構成:加藤紀子 撮影:石橋雅人 初出:2023年1月28日)

昇進したマネジャーPhoto: Adobe Stock

大手電気機器メーカー カンパニー経理部長となったM氏の悩み

M氏:私のアンラーンのきっかけとなったのは、昇進と異動です。部長に昇進して異動した部署は若いメンバーが多く、前向きに取り組んでいく中でも、個人の意思や多様な考え方を尊重する雰囲気でした。

 一方自分はというと、個人の意思や考えよりも、会社としての立場を最優先に仕事を進めていくタイプでした。

 そのギャップを肌で感じながら、この先、時代の変化に追随するには、多様な意見や価値観を取り入れていくこと、つまり一人ひとりの”WILL”を大切にすることが求められているのだから、自分がこれまでプレイヤーとしてやってきたことをそのままメンバーに求めてはいけないと思うようになりました。

 若い時、当たり前のように自分に言い聞かせてきた「~しなければならない」という考え方だけでは通用しないなと痛感しました。

中竹竜二(以下、中竹):Mさんは、先輩方が実践してこられた模範的なリーダーを目指し、会社から期待されていることを自分の力でなんとかしなくては、という強い責任感をお持ちだったんですね。

 ところが新しい部署では若いメンバーを中心に、そのような伝統的なリーダー像は求められていないと感じた。

 これまで自分が会社人生の中で持ち続けてきた「会社員として最も重要なのは、会社が期待している役割をしっかりと演じ切ることである」という価値観を手放し、「脱学習(アンラーン)」したわけですね。

M氏:今振り返ってみると、そういうことだったんだろうなと思います。

 異動当初から1on1も含め、メンバーとの議論を頻繁に行う中で、自分自身の考えが全て正しいとは限らないと気付かされる瞬間が幾度となくありました。

 決定的だったのは、あるメンバーから直接「Mさんのように、常にクイックに動ける人ばかりではない」というフィードバックを受けた時です。

 周りも自分の思い通りに動くことをどこかで望んでしまっていたんだなと、ハッとさせられましたね。

中竹:仕事ができる人ほど、「組織のためにはクイックに動いたほうがいい。だから自分もクイックに動いている。でもどうして他のみんなはクイックに動かないんだろう?」という思いから、自分の周りもクイックに動かそうとして頑張っちゃうケースって多いんですよ。

 でもMさんは、クイックに動くのは自分の特徴であって、全員が足並みを揃える必要はないと思えるようになった。じっくり動く人もけして否定せず、一人ひとりの動き方に目を向けて、丁寧に寄り添おうとしたんですよね。

 組織には一人ひとり違う人間がいて、それぞれが意思を持って自分のペースでやっていくことが大事だとわかった。これは素晴らしい「再学習」だったといえるでしょう。

M氏:もちろん今でも、自分なりの意思はありますし、自分なりに考え方の軸も持っています。

 ただ、以前ならそれをいち早くメンバーに見せていたところを、今は方針の大枠を示す以外はなるべく伏せておき、メンバーの自主性や「こうしたい」という思いを極力汲み取るようになりました。

 メンバーの意見でより良いと思えるものがあれば、自分の軸と多少違いがあっても、議論を経た上でそれをそのまま上に上げることもあります。

 部長としての責任は果たさなければいけませんが、メンバーの思いを尊重して行動するほうが、彼らのモチベーションや成長につながるだけでなく、成果としても大きくなるのではないかと感じているところです。

中竹竜二中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)
株式会社チームボックス代表取締役
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年より日本ラグビーフットボール協会、指導者を指導する立場である初代コーチングディレクターに就任。12年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、16年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。14年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。18年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。著書に『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。最新作の監訳した「アンラーン戦略」がある。

アンラーンによるブレークスルーは「変化を感じられること」

中竹:今、Mさんはまさに変化を感じているんですね。それがアンラーン・サイクルの「ブレイクスルー」なんですよ。

 アンラーンの失敗で多いのは、「脱学習→再学習をやっているのに何も変わらない。だからアンラーンやめました」というパターンです。

 特に再学習のステップでうまくいかないのは、「OR思考」に陥ってしまう時です。Mさんのケースでいうと、メンバーに全てを任せ切るのか、それがうまくいかないなら一挙手一投足までコントロールするかという二元論になってしまうんです。

 メンバーに全てを任せ切るといっても、部長がライフコーチみたいに「あなたの人生が幸せなら」となんでもメンバーのいいなりになってしまっては、仕事が疎かにされたり、転職されたりして、部長としての職責を問われかねません。

 一方、だからといって細かく管理しすぎると、今度はメンバーを無気力にさせてしまうでしょう。

 結局、実際にアンラーン・サイクルを回す上で、こうした二元論に陥らずに、自分の中にうまく重心を据えるのって意外と難しいんです。

 ところがMさんは、メンバーとのコミュニケーションというスモールステップを重ねながら、自身の責任とメンバーの裁量との間で自分なりのバランスをうまく掴めています。ここがMさんのアンラーン・サイクルがうまく回り出す「ブレイクスルー」ポイントだなと思います。

M氏:確かに、メンバーの意思や考えにフォーカスできるようになったことで、自分も少しは成長したかなという実感はあります。けれどもまだ、自分の不甲斐なさを感じることもあるんです。

 特にそれを感じるのは、私の上司から突発的に仕事を振られる時です。上からの指示だというだけで、なぜこのタイミングなのか、そもそもその業務に意味があるのかさえ不明瞭なまま、メンバー全員にスピーディーな対応を求めざるをえない時もあります。

 するとどうしても、自分も含めて消耗させられているだけのように感じ、自分は彼らの意思を損なっているのではないか、こんな自分がリーダーだと彼らの成長につなげてやれないのではないかと悩んでしまって。

 もちろん会社としては成果を追求しなければいけませんが、中長期の視点でメンバーの育成も大切にしたい。今は上からと下からで板挟みのような感覚なのですが、これは両立できるんでしょうか。

中竹:ミドルマネージャーとしてはよくある悩みですよね。メンバーはMさんの下で各々のペースを大切にしながらやってきたのに、それを自分が上からの圧力に屈する形で崩してしまっていいのか。

 僕の答えは「屈してもいい」。つまり、「上司の命令は全面的に受け入れる」です。

 そんな簡単に長いものに巻かれてもいいのか。それじゃまるで社畜じゃないかと思われるかもしれません。

 けれど上司だって、そうやって今のポジションまで上り詰めてきたわけで、ようやく手に入れたそのポジションから急に自分を変えることってまず無理なんです。

 だから、変えられないものを変えようとすることにエネルギーをかけて消耗するよりも、上司の命令はコロナウイルスと同じだというくらい、どうにもならないものとして受け入れてしまう方が合理的です。

 ただし、Mさんがけして忘れてはいけないのは、その時自分が感じた理不尽さを、Mさんの下にいるメンバーも感じているということ。彼らも思うところがあっても、上司であるMさんの命令には逆らえないと感じています。

 そこで、Mさんのメンバーたちには「一人ひとり歩みを進めるスピードは違うし、それを尊重したいと思っている」というMさんの本心を伝えた上で、「今からこの四半期だけは、未曾有の事態として、みんなで成果を上げられるように力を貸してくれないか」といったふうにお願いをしてみるのです。

 先ほどブレイクスルーのところで触れたように、管理職として重要なのは、組織で働いている以上は目的を持って成果を上げることと、一人ひとりが各々のペースで成長していくこととのバランスです。

 時にはこうして両者の間でジレンマに苦しむこともありますが、これをみんなで乗り越えれば素晴らしい組織になっていくんだというメッセージをメンバーと共有することがすごく大事です。

共感が生まれた瞬間

M氏:そうすると、メンバーからは、上司に言いたいことも言えない、不甲斐ないリーダーにしか見えない気がするのですが、そんな弱さをさらけ出してしまってもいいのでしょうか。

中竹:むしろさらけ出したほうがいいと思いますよ。悔しいけど今はこの選択しかできないとか、本当は自信を持って言いたいところなんだけど実は不安なんだとか、感情を率直にメンバーに伝えることで、組織の雰囲気がガラッと変わるんです。

 実は僕にも似たような経験があります。僕はかつて、ラグビー日本代表の下部組織であるU20の監督をしていました。

 U20の若い選手は、時々上の日本代表メンバーに引き抜かれることがあります。有力な選手が抜かれればU20のチームがたちまち弱くなってしまうこともありましたし、使えないとなれば再びU20に戻されることもありました。

 僕はその人選に一切関与できなかったのですが、そうやって選手が出たり入ったりするのはあまりいい雰囲気ではありませんでした。

 当初はそうした入れ替えについて、僕は選手たちには決まったことだけを淡々と事務的に伝えていました。その伝え方がかなりドライだったせいか、選手たちはてっきり僕が決めていると思っていたようで、僕に対していい印象は持っていなかったようです。

 ところがある日、突然チームのエースが引き抜かれました。それが本当に悔しくて、どうしても我慢できなかった僕は、「マジで悔しくてムカついてんだよ。でももうこれはどうしようもないんだよ」とストレートに胸の内を明かしてしまったのです。

 すると彼らの表情がガラッと変わり、「え? それって中竹さんが決めたことじゃないんですか」と聞いてきたのです。「なんだ、俺たちだけじゃなくて、中竹さんも怒っているんだ」と一気に誤解が解け、共感が生まれた瞬間でした。

 Mさんのような企業のミドルマネージャーも、まさに同じではないでしょうか。上から理不尽なことを振られて、腹立たしかったり、悔しかったり。かといって逆らうのは怖いし不安だし、そんな自分にモヤモヤする。ただ、その気持ちはあなたの部下も同じなのです。

 自分の感情を素直に言葉にして伝える。その上で結束を呼びかけてみる。

 今一度、上司や部下との関係性をアンラーンしてみると、会社としての成果の追求と、メンバー一人ひとりの成長をうまく両立できる着地点が見出せるのではないでしょうか。