生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
ボーン・クラッシャー
ハイエナと一口に言っても一種ではなく、四種のハイエナがいる。ワライハイエナとも呼ばれるブチハイエナは中でも最大の種で、体重は八〇キログラムにもなる。
ブチハイエナ以外の三種は、アードウルフ、シマハイエナ、そしてカッショクハイエナである。
ブチハイエナは中でも最も社会性が高く、少なくとも私にとっては最も興味深いハイエナだ。なのでここではブチハイエナに対象を絞って話を進めることにする。
ブチハイエナは、サハラ砂漠以南のアフリカ全域に分布している。一見すると犬に近いようだが、実は驚くべきことに猫に近い動物だ。猫よりもさらにミーアキャットやマングースに近いことがわかっている。
背中の傾斜もハイエナの特徴で、そのせいでこそこそした、ずるそうな印象を持たれてしまうことも多い。
ただ、これは進化で獲得した能力とのトレードオフのようだ。ハイエナの前脚、肩、首は非常に頑丈で、そのおかげで高い攻撃力が得られている。また、大きな肉の塊を運ぶこともできる―これもハイエナの大きな特徴の一つだ。
ハイエナのもう一つの特徴は噛む力の強さだ――「ボーン・クラッシャー」という異名は伊達ではない。人間の大腿骨の三倍の太さの骨でさえ噛み砕くことができる。つまり、獲物の身体をほとんど無駄にすることなくすべて食べることができるということだ。
肉食動物は、次の食事がいつになるかわからない。そのため、食べられる時にできる限り多く腹に詰め込もうとする。
一頭のハイエナが、最大で一気に一五キログラムくらいの量を食べられると言われる――よく食べる人間が一週間かけて食べる量だ――ハイエナが十分に空腹であれば、肉や皮だけでなく、骨や蹄、角や歯まで、美味しく楽しんで食べることができる。
驚くべきことに、ハイエナは硬い甲羅を持った亀も平気で噛み砕いて食べてしまうことがわかっている。
シマウマを三十分で食べ尽くす
まず重要なのは、ハイエナはスカベンジャー(動物の死肉を食べる動物)というよりもむしろハンターだということだ。
ハイエナの狩りは非常に騒がしい。狩りの際にハイエナはあの独特の笑い声をあげるからだ。そのせいで何キロメートルも先にいる他の肉食獣たちの注意を引いてしまう。
自分たちの得になるとは思えないのに、ハイエナたちはなぜ狩りの時に大騒ぎをするのだろうか。
その理由は推測する他はないが、一つ言えるのは、ハイエナは食欲旺盛にもかかわらず、仲間どうしで食べ物をめぐって戦うことが少ない動物だということだ。
そして、あの有名な笑い声はハイエナの間で、お互いを安心させる重要な「声のディスプレイ」の役割を果たしているようなのだ。
また、仕留めた獲物のそばでハイエナたちが声を出していれば、クランの他のハイエナたちの注意を引き、そばにいる仲間の数を増やすこともできる。数が増えれば、それだけライオンに獲物を奪われる危険性も下がるだろう。いずれにしろ、ハイエナは驚くほど早食いである。
ウィルドビースト(ヌー)、シマウマなどの大型の動物でも、解体し、食べ尽くすのに三十分とかからない。そのあとには地面に血痕が残るくらいであとはほぼ何も残さない。
横取りを恐れてか、獲物の一部を仕留めた場所から遠くへと運んで食べることもある。また、隠しておいてあとで食べる場合もある。
食べ物をしばらくの間、水の中に貯蔵しておくこともある。そうすれば温度を低く保つことができるし、他の肉食獣に見つかりにくくもなる。
ハイエナにとって狩りは数のゲームだ。ハイエナは数多くが協力し合い、ライオンよりも明らかに組織だった方法で狩りをする。ウィルドビーストはハイエナのお気に入りの獲物だ。
大人のウィルドビーストを狩る際には、群れの中でも弱い者を探して襲うという戦略を採る。日中、草を食べるウィルドビーストは平原に広く散らばっている。
ハイエナたちは、ウィルドビーストの間を動き回って様子を探る。どういう個体がいるのかそれぞれの品定めをするのだ。
不思議なのは、ウィルドビーストは、自分たちの天敵がすぐそばをうろついていても特に慌てないことだ。ハイエナがすぐには攻撃して来ないとわかっているらしい。ハイエナがウィルドビーストから数メートルの場所を移動することもあるが、ウィルドビーストは敵意に満ちた目で見るくらいでほとんど反応しない。
標的を選び抜く
だが、しばらくすると様相が変化する。ハイエナがいよいよ、積極的に標的の選別を始めるからだ。まず一頭のハイエナが、ウィルドビーストの集団に向かって突進する。
突進されたウィルドビーストは速足で逃げる。身を固くして警戒はしているが、まだ全速力で逃げるというほどではない。ハイエナは立ち止まり、突進の結果を吟味する。この動作は数回繰り返すことがある。そしてようやく標的の選定が終わるのだ。
ハイエナは、ウィルドビーストの個体ごとの違いをよく見ている。ポーカーのチャンピオンが対戦相手を注意深く観察して分析するように、ハイエナはウィルドビーストの動きを見て、どこかに「こいつは弱い」とわかるような証拠がないかを探るのだ。
ライオンよりも強い心臓
突進によって標的にできる個体をあぶり出せれば、あとは群れから引き離せば、いよいよ本格的に狩りの開始だ。
その段階で、近くで見ていた仲間たちも追跡に加わる。群れから引き離され、孤立したウィルドビーストは窮地に陥る。ハイエナは足が速い上に、とてつもないスタミナの持ち主だからだ。
ハイエナの心臓は、身体に対する比率で言えば、ライオンの二倍近くもの大きさということになる。おかげでいくらでも長く走ることができるのだ。
標的にされたウィルドビーストとしては、群れのいる方へ向かって、多くの仲間に紛れてしまえば助かる確率が高い。
しかし、それができずにただ逃げたとすれば、ハイエナはたとえ五キロメートル逃げても平気で追って来るだろう。追跡が長くなればなるほど、ハイエナがウィルドビーストを捕らえる可能性は高まる。ハイエナはウィルドビーストのあとをずっと遅れずに走りながら、時々、後ろ脚に噛みつく。
やがてウィルドビーストは疲れ切って速度が落ち始める。追いつき捕まえてしまえば、あとは肉食獣としてごく当たり前の行動を取るだけだ。
まず獲物の後ろ脚に噛みついて引きちぎる。
柔らかい乳房や睾丸なども引きちぎってしまう。
腹部や脚の筋肉などは食べやすいので先に食べ始める。
引き倒されたウィルドビーストは、多数のハイエナたちが群がって姿が見えなくなる。生きたまま食べられていくので、少し食べられる度に大変な苦しみを味わうだろう。
クルークによれば、この段階になるとウィルドビーストは抵抗らしきことをほとんどしなくなるという。抵抗したところでもはやほとんど意味はないので当然かもしれない。
ただ、もう自分の命が奪われるのを甘んじて受け入れるしかないのだろう。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)