世界標準の教養として、特に欧米で重要視されているのが「ワイン」である。ビジネスや政治において、ワインは単なる飲み物以上の存在となっているのだ。そこで本連載では、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、NYクリスティーズでアジア人初のワインスペシャリストとしても活躍した渡辺順子氏に、「教養としてのワイン」の知識を教えてもらう。(初出:2018年12月5日)
オークション会場に現れたアジア系の紳士
昨今、ビジネスや投資でも盛り上がりを見せるワイン業界ですが、お金のにおいがするところに必ず現れるのが、人をだましてお金儲けをたくらむ人たちです。2012年にも、ワイン業界を揺るがす大事件がありました。アメリカのワイン愛好家・ルディーが起こした偽造ワイン事件です。
ルディーをオークション会場で見かけるようになったのは2001~02年ごろでした。落札者のほとんどを白人男性が占めていた当時、派手に落札を繰り返すアジア系のルディーは多くの注目を集めました。
ルディーの存在を決定づけたのは、2004年開催の「世界で最も裕福な少女」と呼ばれたドリスデュークの所有していたワインや芸術品を扱ったオークションです。多くのメディアでひしめく会場に、高級ヨーロピアンスーツに身を包んだルディーが颯爽と現れ、お宝の数々を次から次へと落札していきました。その姿から、誰もが彼を本物のコレクターだと信じて疑いませんでした。
ルディーは常に冷静で、決して素性を明かすことはなく、常にミステリアスな雰囲気を醸し出していました。しかし一方で、BYOB(Bring Your Own Bottle・ワイン持ち寄り)の集まりでは、ロマネ・コンティやレアなワインを参加者へ振る舞い、交流を深める一面もありました。
惜しみなく高級ワインを振る舞うその姿から、オークションスタッフたちのあいだで「ルディーは大富豪の息子らしい」という噂が流れていたほどです。しかし、今思えばこのときに持参したワインも偽造だったのかもしれません。こうしてルディーは、ワイン仲間の輪を広げ、着々と信望を集め、偽造ワインの販売網を増やしていったのです。