睡眠不足による日本の
経済損失はGDPの3%

 睡眠時間は国の経済力とも関わってくる。世界の平均睡眠時間のデータによると、国民1人当たりのGDPと睡眠時間との間には強い正の相関関係があるが、日本は国民1人当たりのGDPが同程度であるニュージーランドやフランスと比べても、睡眠時間が約1時間少ない。

 日本の睡眠不足による経済損失は3%と試算されている。つまり、日本人みなが睡眠を改善すれば、それだけでGDPが3%上がることになる。

 そして、この「1時間の差」は経済的なものだけではなく、寿命とも関連している。

 睡眠時間と総死亡率に相関関係があることは昔からよく知られている。7時間睡眠が最も死亡率が低く、睡眠時間が減っていくにつれ死亡率が高くなる。古くはラットを眠らないようにした実験では、眠らなければ10日から2週間ほどで死に至った。それほどまでに眠ることは生命維持に必要なものである。

 一方で、睡眠時間が長くなりすぎても死亡率が高くなるが、「寝すぎそのものが問題なのではない」と柳沢機構長は言う。

「そもそも人は必要以上に長く眠れません。長時間睡眠の人の寿命が短いのは、それだけ眠らなければならない何らかの身体の問題、たとえば睡眠時無呼吸症候群などを抱えているからだと考えられます」

 さらに寿命は睡眠の「質」とも関係する。

 広く知られるように、人の睡眠のサイクルは「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」という質的に異なる2つの睡眠状態で構成されている。睡眠はノンレム睡眠から始まって、やがてレム睡眠に移行し、眠っている間は両者が繰り返される。ノンレム睡眠には深さが3段階あり、一番深い段階を深睡眠という。

 ここで興味深い研究がある。2020年にスタンフォード大学などの研究グループによって発表された、レム睡眠の割合と死亡率との関係を調べたものだ。高齢男性を12年間追跡調査した結果、レム睡眠が5%減るごとに総死亡率が13%も上昇したというのだ。さらに心血管疾患による死亡リスクも11%上昇するという。

 その後、研究グループが女性においても追試し、レム睡眠と死亡リスクの関係が有意であることがわかった。一方でノンレム睡眠の3つのステージとレム睡眠について死亡率を比較検討したところ、死亡率と最も関係するのはレム睡眠だとわかった。

 なぜレム睡眠がそれほど寿命と関わるのかはまだ明らかになっていないが、「レム睡眠は夜の後半に増えてくるので、睡眠不足で最初に削られるのがレム睡眠だからではないかと考えられる」と柳沢機構長は述べる。