たとえば、ケガをしている選手が、それをコーチに隠していることを打ち明けてくれたこともありますし、バッティング・ピッチャーから「彼のスイングがちょっとおかしい。ケガを隠してるかもしれない」と教えてもらったこともあります。「隠す」というと悪いことのようですが、僕も僭越ながらラグビーに真剣に取り組んでいましたから、「試合に出たいからケガを隠す」という気持ちは痛いほどわかります。
だけど、そのようなガッツのある姿勢は高く評価できるのですが、一方で、無理を重ねることで、取り返しのつかない故障につながるリスクもあります。選手をお預かりしている立場である球団としては、ケガの状態を把握しないまま選手起用を続けるわけにはいきません。
もちろん、ケガに気づかなかったトレーナーたちに問題があるわけでもありません。
なかには選手のケガに気づいているトレーナーもいたのですが、トレーナーからすれば、たとえ「ケガしてるんじゃないか?」と思っても、選手が「痛くない」と言っている限り、「ケガをしている」とレポートを書くことはできません。
あるいは、「トレーナーである自分から見て、本当はケガしていると思います」と書くこともできない。結局は、選手の判断に委ねるしかないのです。そして、選手であれば誰でも「ケガを隠す」という心理が働くのですから、これは球団経営に内在していることだと捉えるべきだと思います。
ですから、僕はこの情報をきわめて慎重に取り扱いました。
ここに問題のある人間はひとりもいないのですから、それぞれの立場を尊重しながら、全員にとって望ましい方向で話し合いが進むように丁寧に対応することを心がけたのです。
このように、選手たちから打ち明けられた「悩み」「困りごと」などを、できるだけ誰も傷つけることのないように気をつけながら解決(いわば“雑巾がけ”のようなものですね)していけば、だんだん、「あの社長は時々乱暴なこともするけど、俺たちのことをちゃんと考えてくれてるな」などと思ってもらえるようになります。そして、僕の「味方」になってくれるのです。
リーダーにとっての「セーフティネット」とは?
これが僕を助けてくれました。
僕は、ユニフォーム組とスーツ組の「壁」を壊すために、時に「権力」を行使せざるを得なかったため、当初は、幹部社員と衝突することもありましたが、徐々に空気感が変わっていったのです。
それはおそらく、選手たちをはじめとしたユニフォーム組とも、営業マンなどスーツ組とも、わけへだてなく「仲良く」なることができたおかげで、「また社長がなんか言い出したぞ。しょうがない、付き合ってやろうよ」と思ってくれる人が増えたからではないかと思っています。
いわば、現場のメンバーとの「人間的な信頼関係」は、リーダーが仕事をするうえで、必要不可欠なインフラであり、セーフティネットなのだと思うのです。そして、実は、リーダーとして本質的に重要なのは、「権力」を行使することではなく、このような「人間的な信頼関係」を築くために、日々こつこつと組織の“雑巾がけ”をすることなんじゃないかという気がしてくるのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。