「それはない」と決めつけていませんか?JPモルガン・チェース銀行初のデザイン・フューチャリストが「バカげたアイデア」を大切にする理由Photo:Andriy Onufriyenko /gettyimages

米国ニューヨークに本社を置くJPモルガン・チェース銀行に、同行初の「デザイン・フューチャリスト」として採用された岩渕正樹氏。未来を洞察し、経営者のビジョンと現場との架け橋を担う岩渕氏に、デザイン会社・グッドパッチのデザイン・リサーチャーである米田真依氏がインタビュー。デザイン・フューチャリストの役割、企業のビジョン策定において大切なこと、「文系人材」が輝くと考える理由などを聞いた。(インタビュー/グッドパッチ 米田真依、文/奥田由意、編集/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)

JPモルガン・チェース銀行が採用した
「デザイン・フューチャリスト」とは?

米田真依(以下、米田) 岩渕さんは「デザイン・フューチャリスト」としてご活躍されています。日本ではあまりなじみのない職種ですが、どのようなことをされているのでしょうか。

岩渕正樹(以下、岩渕) 「未来をデザイン」する役割です。具体的には、組織や事業における中長期戦略の策定や、「ビジョン」の創出をサポートしたりしています。その際の可視化や提示に、デザインのスキルを活用します。

米田 「デザイン・リサーチャー」(※)との相違点は何でしょうか。
※参考記事:「ソニーはいかにしてトレンドをつかみ、製品開発に活かすのか?『デザインリサーチ』と『マーケティングリサーチ』の違いは?キーパーソンを取材」2023.11.7

岩渕 実践者としての「デザイン・リサーチ」には、2種類の定義があると思っています。

 ひとつは「Research for Design」。お題が先に存在していて、ユーザーインタビューを実施したり、エスノグラフィーを使ったりして、リサーチを行い、そのお題に対する解答を探しにいく。その解となるデザインを、アウトプットする。

 今必要なデザインをするためのリサーチであり、「UX(ユーザー・エクスペリエンス)リサーチャー」や「デザイン・リサーチャー」の仕事はこれに当たります。リサーチがあって、「解」としてのデザインをアウトプットする。

 これと立ち位置が逆なのが、もうひとつの「Research through Design」です。所与(しょよ)のお題があるわけではなく、リサーチしながら、新たな市場や機会、リサーチするべきテーマ自体を探り、それを可視化し、アウトプットする。

 ときには、社会の常識や前提を疑う「問い」を立てたり、仮説をつくったりすることもあります。「デザイン・フューチャリスト」の仕事はこれに当たります。デザインを通して未来像をリサーチし、描いたビジョンをアウトプットする。

 前者の「Research for Design」は、例えば、「今、海外で一人暮らしをしている30代の困り事は何か?」といった問いへの解答を、デザインのスキルを使って探ります。先にお題があるため、そこには常識を超える発想はほとんど求められません。

 一方、後者の「Research through Design」では、「海外移住する日本人がここ10年ぐらいで増加中というデータがある。このまま増えていくと、2050年にはどのような社会構造となっていて、国内外にどのようなニーズが発生しているだろうか」という未来への問いを立て、そこからこれまでにない、新しい「シナリオ」や「解」を探していきます。

会社が描くべきビジョンはトップに任せず
ボトムアップで発信していい

米田氏米田真依(よねだ・まい)
(株)グッドパッチ デザインリサーチャー。京都大学経済学部卒業後、パナソニックでの海外グループ会社の経営分析担当、P&Gでのマーケティングリサーチャー職を経て、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイナーとしてグッドパッチに入社。デザインリサーチに関するソリューションを立ち上げる。2022年6月より北海道上川町とのプロジェクトを開始し、2023年1月に上川町に移住。武蔵野美術大学大学院クリエイティブリーダーシップコース修了。

米田 デザイン・フューチャリストは、海外では多いのでしょうか。

岩渕 アメリカでも多くはありませんが、未来の不確実性が増している昨今、このような未来洞察に関する職種は増えつつあります。ただ、銀行にこうした職種を設けている例はアメリカでも珍しいことかもしれません。

 スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクもそうでしたが、テック系の経営者は、強烈な「未来のビジョン」を持っていることが多いですよね。コロナ禍がそうであったように、これまでの常識が簡単に覆される世の中では、常識を前提とした計画だけでは成り立たなくなってきました。

 これからの時代、その企業に未来のビジョンがあるかどうかというのは、組織運営においても、新規事業においても、とても大切になってくるはずです。

 日本においては、特に、シンクタンクやコンサルティング会社などに、デザイン・フューチャリストに近い役割の人は、一定数、いるはずです。近年では、社会構造の変動や、消費者の変わりゆくニーズへの対応を強いられている製造業で大きな注目を浴びていて、パナソニックやコクヨなど、そうした人材の強化に力を入れている日系企業もあるようです。

米田 岩渕さんは、2018年に渡米し、現在はJPモルガン・チェース銀行(※)に勤務されていますよね。銀行では具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
※ニューヨークに本社を置くアメリカの銀行

岩渕 銀行内のデジタル・プロダクト(Webやアプリなど)を管轄する組織に所属し、マネジメント層が描いた長期的視野におけるビジョンや戦略を可視化し、プロダクト部門と接続することが主な仕事です。

 そこでは、ビジョンを描くトップ層と、実際のプロダクトをつくる現場の間に入り、コミュニケーションの活性化など、ファシリテーション的な役割を担うことが多いですね。ビジョンと実際のプロダクトでは、具体と抽象、考えている時間軸、マネジメントレベルの目線と現場の目線など、いろいろな違いやレイヤーがあるので、そこをつなぐのです。

 とはいえ、デザイン・フューチャーリストが、会社内のすべてのビジネスを把握し、個々のプロダクトのトップのビジョンと現場をつなぐことは、大きな組織で一人で行うことは不可能です。

 そのため、「自分たちがつくるプロダクトが、会社や社会のビジョンにつながっている」という観点をインストールし、現場の社員一人ひとりが「自分ごと化」して考えられるよう、彼らの視座を上げる必要があります。「社員をどう未来志向・ビジョン志向に変えられるか」という組織文化醸成に、常に向き合うポジションでもあるんです。

 社員のマインドに何かしら火をつけることができれば、アメリカ人は展開がとても速い。盛り上がって、すぐに自分たちのチームで試してみようとします。

 アメリカでは「ジョブ型」採用で、細かくミッションが定められ、各人でコミットする成果や数字が設定されているので、刺激的なシナリオを与えてあげれば、そこから自分が手を離しても自律的に動けるマインドセットがある。その速度感はアメリカらしいおもしろさがありますね。

米田 日本の企業とも、企業のビジョンをデザインする「ビジョンデザイン」のアドバイザーとして関わっておられますよね。アメリカの企業と日本の企業、大きな違いがあるとすれば、どこでしょうか。

岩渕さん 岩渕正樹(いわぶち・まさき)
ニューヨークを拠点とするデザイン実践者/研究者/教育者。東京大学工学部、同大学院学際情報学府修了後、IBM Designを経て渡米し、2020年パーソンズ美術大学修了。現在、米JPモルガン・チェース銀行 デザイン・フューチャリスト、また、東北大学客員准教授として、中長期スパンにおける、未来社会のコンセプトプロトタイピングと社会実装に従事する。近年の活動に「Good Living 2050 国際ビジョンコンテスト」審査員など。

岩渕 これまで日本の組織は、行政も企業も、「トップが未来のビジョンを示してくれるものだ」という、トップダウンに頼るマインドセットだったかもしれません。

 日本の企業は勤勉で、社員一人ひとりのスキル面では、まったくアメリカの社会人に負けていないと思います。ただ、上下関係が強く、組織や事業のビジョンを現場の社員から提案する、という文化や発想が弱いように感じています。

 アメリカでは組織がよりフラットなので、役員クラスと話し合う場も普通にあり、ビジョンをトップと一緒に考えたり、ボトムアップから発信する機会もつくることができます。日本企業にこうしたアメリカ企業の座組やマインドを紹介し、日本の組織が変わるきっかけをつくれればと思っています。

 トップダウンで与えられることを高いクオリティでこなせる社員ではなく、未来の社会をより良くするために、パッションを持って率先して考えてくれる社員をどう増やすかが、フューチャリストとして、チャレンジのしどころですね。

米田 実際、企業からはどのようなことが求められるのでしょうか。また、どのように携わられるのでしょうか。

岩渕 ビジョンデザインのニーズは、大きく3タイプに分けることができます。「ビジョン自体がそもそもなくて、一からつくる」もの。「抽象的なビジョンを、具体的なアクションにつなげる」もの。「ビジョンが現実的すぎて、『売り上げ何パーセントアップ』といった目先の目標になっているため、視座を上げる」ものです。

 そのため、各社が持つ課題の粒度やビジョンの射程に応じて、プロジェクトごとにアプローチを考えます。いきなり未来に飛ぶのではなく、ビジョンにまつわる社内の課題や、そもそもの企業や事業の理念を共有し、「未来を見るために過去を振り返る」ような議論ができる場を設定することが大事ですね。

 また、「こういうプロセスで進めていく」というイメージは持ちつつ、ビジョンデザインはより探索的・生成的な活動です。そのときの議論次第で、ある話題が盛り上がったから、次はここを深掘りするとか、その時々のアウトプットで、次のアクションを柔軟に選択する必要があります。既存の(ビジネス)フレームワークも活用しますが、必要に応じてその場でフレームワークを自分たちでチューニングして活用することもあります。