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永世名人の資格を持つ谷川浩司の「最年少名人記録」を打ち破った藤井聡太。わずか6歳で「名人になりたい」と将来の夢を綴っていた。あらゆるものがAIに代替されている現在、棋士の持つ可能性について思いを語る。本稿は、朝日新聞将棋取材班『藤井聡太のいる時代』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

夢の新旧「中学生棋士」対決
「天才2人の激闘」予想外の結末

「天才対決」「夢のカード」――。2019年9月1日に実現した谷川浩司と藤井聡太の公式戦初対局を、専門誌はこう表現した。

 谷川は21歳2カ月という最年少名人記録を持ち、名人5期で引退後には十七世名人を名乗る資格を持つレジェンド。藤井にとって「あこがれの棋士」だ。

 一方、谷川は17年に著した『中学生棋士』で藤井を絶賛。羽生善治が通算タイトル獲得数で100期に迫っていることに触れ、「率直に言うと、この実績を超える可能性がある棋士は、藤井四段だけだと私は思っている」と記した。2人は「相思相愛」にも見える。

 谷川と藤井の初対局は19年9月、第69期王将戦2次予選決勝(持ち時間各3時間)。振り駒で先手になった藤井が快勝した。

 2局目は20年9月9日、第79期B級2組順位戦4回戦。あらかじめ先手後手が決まっているのが順位戦の特徴の一つ。先手番の谷川はエース戦法の「角換わり腰掛け銀」を選んだ。

 各6時間と持ち時間が長いのも順位戦の大きな特徴。難解な中盤戦に突入し、互いに1時間を超す長考を連発。谷川は藤井の「長考中も途切れない集中力」を肌で感じ、感嘆した。

「新旧天才の激闘」を藤井が制し、B級2組で無傷の4連勝を決めたのは午後10時38分。記者は盤側にいたが、藤井も、40歳上の谷川も疲れを感じさせなかった。作戦だけでなく体調面でも谷川の入念な準備を感じた。

 注目される藤井との順位戦には多くの棋士が得意戦法や最新研究をぶつける。それでも藤井は勝ち続ける。

谷川の「最年少記録」を破った藤井
2人には詰将棋や鉄オタなどの共通点多数

 谷川は2023年1月に出版した『藤井聡太はどこまで強くなるのか――名人への道』で、ともに中学2年生で四段に昇段したこと/順位戦では谷川がC級2組で、藤井はC級1組で1期足踏みしたが、谷川は19歳11カ月、藤井は19歳7カ月でA級に昇級したこと/谷川は小学生の時の文集で「ぼくのゆめは、しょうぎ名人だ」と、藤井は「将来の夢 名人をこす」と書いたこと/などを列挙。ほかにも詰将棋や鉄道が好きなこと、故郷を離れていないことも重なって見える。

 少年時代、谷川に大駒を落としてもらって指導対局を受けたが、勝つことが出来ず、大泣きに泣いた藤井が、谷川の最年少名人記録を塗り替えることになるとは――。事実は小説よりも奇なり、である。